第168話 またしてもダウン寸前
どんどん顔色が悪くなる息吹戸の頭を、岡が優しく撫でる。
「ありゃりゃ。これはマズイ。気を失う一歩手前だねぇ。こりゃ、帰りは私が送ろうか?」
岡が困ったように頭を掻いていると、勝木が疲労困憊で歩み寄ってきた。
彼は体に血が付いた布を纏っているような全身ズタボロだ。上着はボロボロ、シャツやズボンも所々切れており血が流れている。
「ふぅ。なんとか切り抜けたかが、大丈夫か息吹戸?」
しゃがんでいる息吹戸の目の前で腰を落とし様子を伺う。
「顔色が悪いな」
息吹戸は苦笑いを浮かべた。
「正直、体がガタガタ。でももうちょっとで解除できるから頑張らないと……」
「そうか。頑張れ!」
勝木から暑苦しい笑顔がきて、息吹戸はうっ。と引いた。
「……勝木さんは元気だねぇ」
「元気だけが取り柄だからな!」
ガハハハと笑う勝木の腕から、ポタン、ポタンと血の水滴が垂れる。息吹戸は「それ」と血を示す。
「血が垂れてるから止血しなよ」
「そうしたいんだが、止血するものがなくてだなぁ」
勝木は苦笑いを浮かべた。痛みはあるが出血量が少ないので、まぁ大丈夫だろう、と軽く頷いた。
(よく見ると全身じゃん。痛みに強いなぁ)
息吹戸は呆れながら、はぁ。とため息をついた。
勝木は息吹戸の状態を確認し終わると視線を岡に向けた。表情を引き締めて、正座に座りなおす。二人とも息吹戸を挟んで座っているので距離が近い。岡が勝木の仕草に気づいてくるりとした眼差しを向ける。
視線が交わったところで勝木が重々しく口を開いた。
「不躾な発言失礼します。貴女が岡様であらせられますか?」
「その通りだよぉ」
岡はニカっと犬歯を見せながら笑顔を浮かべると、勝木は丁寧に頭をさげた。
「申し遅れました。私は息吹戸の同僚で上梨卯槌の狛犬本部第一課所属の勝木耀と申します。彼女から貴女の話を伺っており、この度の詳細をお聞きしたいと思っておりました。刹那の時間でもよろしいので対話の許可をいただけないでしょうか?」
勝木は自分の目で神の代行人を確認したいと思っていた。解除までの数分くらいな時間を割いてくれるかもしれないと期待する。
岡は頭をかいた。とりあえず事の次第を伝えてもいいだろうと結論付けて微笑を浮かべる。立ち上がって顎でクイっと『あっちで話そう』と示して歩いた。
「有難うございます!」
パッと表情を明るくした勝木はすぐに立ち上がると、遠くにいる東護に向かって腕を振る。
「東護こっちへこい。息吹戸をみていてくれ」
げ。っと息吹戸がうめく。
東護は嫌そうに眉を潜めて動こうともしない。勝木は苦笑いしながら言葉を付け加えた。
「俺はこの方と会話の機会を得た。少しだけ頼む」
「……わかった」
東護が渋々こちらに歩いてきた。彼は肩と腕と足に酷い裂傷があるものの、そのほかは比較的傷がないし服の原型もとどめている。
「よし。急変しないかみといてくれ」
無言で頷く東護。
頼んだと軽く言いながら、勝木は岡の所へ走っていった。距離は三メートル。二人は息吹戸をチラチラ見ながら小声で会話を始めた。
東護は立ったまま、息吹戸を静かに見下ろしている。チクチクした視線が降ってきてとても痛い。
(いやなんかもう。ちょっと居た堪れないな)
思わぬタイミングで知ってしまった東護との亀裂。全く関係ないとはいえ『私』にはショッキング過ぎた。
(まぁ。この人との関係は修復不可と分かっただけでも良しとしよう。触らぬ神に祟りなし)
今まで通り仕事以外で関わらなければいい。あとはうっかり殺されないようにしよう。東護は味方であり敵であるのだから。
(でも……なんか見すぎじゃね? 背中に穴あくわ)
息吹戸は顔をあげた。なんの感情も沸いていない、ひやりっとした冷たい顔が見下ろしている。整いすぎているので妙に迫力があった。
「見すぎてますけど、言いたいことありますか?」
何気なく聞いたら、東護が目を細めた。
「召喚魔法陣を壊した時は気が狂ったかと思ったが、菩総日神様の命なら仕方ない。命を聞いたのはいつだ?」
それが気になっていたのか、と息吹戸は納得した。
「壊す直前ですねー。言われてすぐに壊しました。それまでは召喚の構造を逆再生して送還しようと思ってましたから」
「一人で送還を? 死にたいのか?」
少しだけ動揺したような声色を感じて、息吹戸はうわぁと引きつった。
(よっぽど自分の手で殺したいんだ。引くわー)
「力の入力出力間違えなければなんとかなりますよ。二つ一度にやってしまったからヘタってるだけで、一つ一つなら多分大丈夫なはずです。……さてと」
軽く呟いて、息吹戸は立ち上がった。
最後のひと踏ん張りである。
「よーし。ラストいきます!」
青銅鏡が輝く。菩総日神の力を引き出して、無効化にするため書き換える。伊奈美を捕えている呪術に細かい亀裂が走り、三分の一がパキンと音を立てて消滅した。
伊奈美がパチッと目を開ける。
充血した結膜、茶色い角膜に赤い虹彩、白い縦の瞳孔がゆっくりと――――下にいた息吹戸と勝木と東護を見定める。
「貴殿らは……」
途端に伊奈美は愛らしい女性から、般若へ顔を変化させた。
「貴殿らが、貴様らが、おのれ、おのれ……」
血の底から響くような声色を発しながら、伊奈美は激しく両手両足を振り乱れた。パキン、パキン、と呪術が粉砕されていく。ギチギチギチと牙が伸び、爪が伸び、髪が乱れ、肌から虫がわき蠢く。
雲行きが不味そうだ、と息吹戸と東護はジト目で伊奈美を見上げる。
「やばいぞ二人とも!」
勝木が急いで走ってやってきた。その後ろで岡は歩きながら伊奈美を見上げている。
「おかあさま。あれってもしかしてー?」
息吹戸の言いたいことを察知して、岡は苦笑しながら頷いた。
「そうだねぇ。酷い目に遭ったのは君達のせいだと思ってるねぇ」
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