第166話 攻める人間と恐れる悪魔
「一つ聞きたい」
息吹戸からズンっと圧と加わる。メフィストはギリっと奥歯を噛み締め、苦笑を浮かべた。
「馬鹿馬鹿しい。悪魔から情報得ようと? 愚問ですな。脅されようが拷問されようが無意味です。何も喋ることはいたしませ……」
「サタンの容姿は! ルシファーの容姿は! 人間なんですそれとも動物なんですかそれとも混合!? 背丈は大きさは体重は!? 翼何枚、ひっこめるのそのままなの!?」
息吹戸は目を輝かせ質問を行う。
その内容はメフィストが予想していたモノと全く違う。遥かに斜め上というか、常識をやすやすと貫いた。
内容をぐるぐると反芻しながら、
「……はあ?」
と聞き返すのが精一杯だ。
「じゃあ、サタンやルシファーといるとき、メフィストはなんて呼ばれてるの? 愛称みたいなのある? 一緒に食事ととってる? 二人っきりの時間ある?」
「なんの、話、を……?」
「恋人同士? どっちが攻め? どこでもしちゃう感じ? 媚薬とか仕掛けたりする? 誘惑とかしちゃう? どこが敏感? 愛をささやくことってあるの?」
暴走状態に入った息吹戸に『遠慮』の文字はなかった。瞳孔が開き、正気を失っている。無邪気と純粋な探究心に身を任せ、普段なら口にしない事すら滑らせる。
「ねぇねぇねぇねぇ。答えて二人の愛の関係性を! 本を作るのに重要!」
息は荒く、頬を高揚させ、体を擦り寄せ、濃い色香をまき散らす。
強烈な求愛のようにも見えるが、これは狂気を孕んだ単なる狂人である。
「教えて。凄く、凄く興味がある。貴方やその関係性が」
「あ、え、あ……あ」
メフィストは言葉を失う。
ここまで人間に恐怖するのかと驚愕する。
この雰囲気に飲まれてならない、この人間を止めないと。
そう思いながらも、息吹戸の狂ったテンションに圧倒されメフィストは困惑して固まる。
が、しかし、この状況は悪くないと、恐怖とは別の感情が心臓を早鐘にさせる。
下から見上げる狂人の女性の仕草が、馬乗りになり覆いかぶさり見下ろす仕草が、この光景を間近で眺められる事を好ましいと思い、うっかり状況を忘れて魅入ってしまう。
その間にどんどん伊奈美の肌から縄がほどけて。
ピキィ。とロープの形の呪術に亀裂が走った。
その音で息吹戸は正気を取り戻し、上を見上げた。
その音でメフィストは我に返る。
隙をついて、メフィストは恋人繋ぎしていた手を強く握り、息吹戸の体を上に振り上げ宙に浮かせた。
「うっわ…………っと」
突然の浮遊感のあとに投げ飛ばされる。
くるんと一回転して両足で着地すると、メフィストも全身のバネを浸かって起き上がった。
「術はもう保ちませんね。ならば最後に召喚できるだけ悪魔をこの地に…………」
メフィストがスッと腕を空の魔法陣へ向ける。その途端、空間に蜂の巣のように密集した召喚魔法陣が本殿を囲うように浮かび上がる。
「はあーーーーー!? ちょっとふざけてるねぇ!」
岡がキレたようにメフィストへ駆け出した。
「ふざけていません。本気です」
「尚更悪いんだよねぇぇぇぇ!」
岡が両手の爪をクロスさせて一気に振り下ろす。それを悠々と手で受け止めた。
ピッ。と細かい鮮血がとぶ。岡の威力を完全に相殺できず、メフィストの顔や腕に細かい傷が出来上がった。
メフィストはニヤァと歪んだ笑みで岡をみる。
「最後まで楽しんでくださいね」
ズドン。ズドン。ズドン。
召喚から出てきた悪魔の軍勢が本殿を囲んだ。闘争心がみなぎっていて鼻息荒い。歯をみせて見下すように笑う。
「追加か」
勝木は荒い息をしながら汗を拭う。正直、少しでもいいから休憩がほしい。
「だがこれを凌げばもう打ち止めだろう」
東護も大粒の汗を拭う。火蛇が弱ってきたので、本調子ではないが水蛇を喚びだした。
全力で戦える時間はもう少ない。しかし、ここで勝利を諦めないのがカミナシである。
勝木は右掌に左の拳を当てて気合をいれた。
「ならばもう一踏ん張りだ! やるぞ東護!」
「愚問だ。勝つまで戦う」
『ケケケ、ケケケケケケ、ケケケケケケ』
『ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ』
悪魔の軍勢が勝木と東護を指で指しながら腹を抱えて笑う。チューバーのような低音がカエルの合唱のように響いた。
完全に舐められている。と二人のこめかみに血管が浮かんだ。
悪魔軍はみえていない。
人間の足元や屋根の上や本殿の周囲に、おびただしい数の悪魔の残骸を認識できていない。
死んだ者は弱い者。だから同族ではなく景色の一部、草や石ころと同じ扱いだ。
だから悪魔達は勝木達を警戒できない。
「穿て!」
東護は水蛇を軍勢の中に突っ込ませる。瞬く間に笑っていた悪魔達の心臓を貫いていく。
「輝け!」
勝木は光らせながら高速で光鳥を羽ばたかせる。光を浴びた悪魔は溶けてしまった。
『アギャグアグアギギャ!』
カエルの合唱が止み、絶叫や悲鳴や怒涛が響き渡った。
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