第163話 上位悪魔は物欲しがる
霊園のアンデッドは幻術だった。
しかもゴーストの体内に潜ませて時間をセット。時間がきたら幻術を発動させ、消耗及び時間稼ぎをしていた。
(でもあの幻術は、何かのきっかけで変化する仕掛けがあった)
だから、北の霊園だけ死者の門が出現し、本物のアンデッドが登ってきた。あの段階でまだ魔法陣が見つからなかったのはここだけだったからだ。
(だとすると、敵の狙いは死者の門を出現させることになる。アンデッドを餌にすればカミナシがでて、解決しなければアメミットもでてくる。そこへウィルオウィスプが彼らを連れ攫う手筈だったとしたら)
こちらは大打撃だ。次から次へと強力な能力を持つ生者が死者の国に送られ、転化させられ、現世へ戻ると敵として動いていただろう。
死者の国ならば生者は追ってくるのを躊躇う。その分、確実に転化できると計画したはずだ。
(敵の狙いはカミナシかアメミットの主戦力の転化。あの悪魔は侵略ではなく、みんなを転化させる為に呼び込まれたんだ。だから召喚にも改造にも慣れているんだね)
そこまでまとめて、息吹戸は本題に戻る。
(悪魔を召喚するエネルギー、そして悪魔がさっきから召喚しているエネルギー。その源になっている伊奈美様が『禍神の生贄』ってことか。さて、そうすると半神とはいえ霊魂にがっつり絡まれているはず。慎重さはいるけれども、でも、多分、思ったより簡単に外れるはず……)
改めて文字列を読みこむ。
予想通り、呪術にうっすら繋目がある。あれを切ればするりと分解されるはずだ。
(よし。それから崩していけば、伊奈美様から綺麗に離せるはずだ)
「鏡よ! 呪いを解除して」
身の丈の三倍も大きい青銅鏡が伊奈美の前に現れる。
彼女を写すと体内に食い込んでいる黒いロープがうごめいた。抵抗をしているが、ゆっくりと伊奈美の体から浮き上がってくる。
呪術が浮き上がると、上空の魔法陣の光も弱まり始めた。
「ん? これは?」
魔法陣の異変に気づいた上位悪魔が、怪訝そうに眉をしかめる。そして供給源に視線を向けると、大きな青銅鏡が術の解除を行っていると気づいた。
「おやおや。器用な事を」
上位悪魔のすぐ脇に光の鳥が羽ばたく。
それを片手で軽く落として、困ったように眉をさげた。
手練が揃い、悪魔を喚び出す端から仕留められていく。今エネルギー供給が切れたら自分の魔力喚び出さなくてはならない。それは少々面倒だ。
「どこを見ているんだねぇ」
岡が爪を振り回して上位悪魔の胴を狙う。上位悪魔は杖で軽くいなしながら、トンっと岡の肩を押す。
ビュン。と岡が吹っ飛び屋根から滑り落ちた。その跡を追って十数体のデモゴルゴンが屋根から飛び降りる。
数秒あれば人間など始末できる。と、上位悪魔は息吹戸の傍に降り立った。
「お?」
息吹戸は一瞬吃驚するも、すぐに不敵な笑みを浮かべる。解除中なので激しい攻撃は出来ないが、激しく逃げ回ることはできる。
「いらっしゃい。悪魔さん。私と鬼ごっこする?」
恐怖が微塵もない息吹戸を見て、悪魔は子供が泣くような不気味な笑みを浮かべた。
「逃げる瞬間が訪れるとでも?」
息吹戸が口を開こうとする前に、上位悪魔は首をねじ切ろうと手を伸ばす。
息吹戸はその動きを目で追ってニヤリ笑い、素早く一歩後方に下がろうとして
「!?」
上位悪魔が喉を掴む直前でピタリと手を止めた。驚いたように目を見開いて息吹戸を凝視する。
手が止まる前に更に後ろへ下がった息吹戸は、上位悪魔が動きを止めたので首を傾げる。
「これはこれは……なんということだ!」
上位悪魔が息吹戸の中にいる『私』に気づいて目を輝かせた。
すぐに攻撃態勢を解除して手をひっこめる。
回避しようと身構えていた息吹戸は出鼻を挫かれて眉をひそめる。
「どうしたの?」
警戒しながら問いかけると、上位悪魔は紳士的な立ち振舞をした。
「失礼。変わった魂の色をしておられるので見惚れてしまいました。貴女は何者ですか?」
「ほうほう。魂に興味がおありで?」
息吹戸は腕を組みながら商人風に聞き返した。 解除の時間が欲しかったので丁度良い、と話に乗っかる。
「勿論! 魂を集める事が自分の生きがいであるがゆえに貴女の魂が気になるのです!」
上位悪魔は両手を肩の位置まであげて訴えるように熱弁する。
「五つの世界で魂を、ヒトから怪物、生物、天使や悪魔まで、様々なモノを集めているのですが、貴女の魂はそれとは違っていて見た事がない色をしている! 言うなれば深海の藻のような、川辺に張り付く苔のような」
「それって褒めてる?」
「勿論」
上位悪魔は頷き、広範囲に魔法陣をいくつも出現させると、そこから悪魔とデモゴルゴンが降りてきて一気に数を増やした。
力を吸い取られ、伊奈美が小さく苦悶の声をあげる。
「くそ! 次から次へと」
上位悪魔に向かっていた東護だったが、横についてきた悪魔が放つ呪文を紙一重で回避する。
「これでは息吹戸の加勢に向かえん!」
勝木は目の前に現れたデモゴルゴンを素手で殴り倒しながら距離をあける。
「接近を阻む為に戦力を追加したようだねぇ!」
岡が屋根に戻ってくるなり凶悪な笑みを浮かべた。眉間に怒りマークが色濃く浮かんで激怒している。
岡は息吹戸を確認する。無事だが上位悪魔が直ぐ傍にいると分かり奥歯を噛みしめる。
「息吹戸! そっちに行くから三分耐えてねぇ!」
それを視界の端で見つつ息吹戸は小さく頷く。
下手に反応して上位悪魔に焦りを生ませないようしなくてはならない。
上位悪魔は周囲を見渡し、「これで交渉時間がとれます」と、息をついた。
「我が主が躍起になってここを攻略しようとする理由がわかります。気候も良いし人の気質も良い。多様性があり、個々の能力も強敵です。この人間達を配下に納める事が出来たら、さぞかし軍事力が向上するでしょう」
心の底から称賛しながら、
「そして何より、時折こんなふうに面白いモノが落ちている」
物欲しそうな熱い視線を息吹戸に向け、一歩近づく。
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