第159話 初心すぎる勝木
拝殿の中に入るとすぐに破壊された屋内が広がる。大穴が開き瓦礫が散乱してとても風通しがよかった。間取りは完璧に破壊され、畳は焦げて、屋根瓦は落ちている。
「うわぁ。ごとごと……」
無意識に声を上げると、「う、うむ」と勝木が頷いた。
ドシン・ドシンと地響きが続いている。それは屋根の上で行われているようだった。
「あ! おかあさま発見!」
大きく穴があいた場所から上が見える。そこでパジャマ姿の岡が大ジャンプしている姿が確認できた。本殿の屋根を駆け抜けて何かと戦っている。
「あれか?」
息吹戸が「あそこ」と指し示すと、勝木がどれどれと息吹戸の目線に合わせて身を屈め、指の先を伝って岡を確認する。
「あれが。……恐竜じゃないか?」
肩透かしをくらったように首を傾げる勝木。
東護も上を見上げながら腕を組む。
「俺も勝木も『風』がいないから飛べない。急いで階段を探すしかない」
以前の息吹戸は五属性扱えたが、今は論外だ。
「そうだな。しかしこの先は瓦礫で埋まっている。通り抜けるのは困難だぞ」
勝木が両腕を組みつつ唸る。ボロボロの屋内は見通しが良くなった分、いたるところに瓦礫が落ちて道を塞いでいた。
振動と共にさらに屋根が崩れてくる。中に入ると屋根の落下に巻き込まれる恐れがある。
「ジャンプするには少々高いですよねぇ」
大きな巨人が住みそうな二階建ての本殿の屋根に上がるには、人間の脚力では不可能だ。
「ジャンプしてもいいが、上の状況が分かっていない状態でジャンプして、うっかり攻撃を受けてしまうとマズイ」
勝木が呻いて、頭をガリガリと掻いた。
「外から屋根に上るぞ。その方が早い」
三人は拝殿の外へでた。山伏鬼達がジッと見つめている。
勝木と東護は鬼達を無視して一番低い屋根へ飛びあがる。
息吹戸は苦笑いを浮かべて山伏鬼に事情を話した。
「中が崩れて上に登れないから、ここから上がろうと思って……」
山伏鬼が頷く。ササっと近づいて無言で息吹戸を肩に背負った。勝木も東護《徒歩》も攫われるように横脇に抱えられる。
あれ? と思う間もなく、山伏鬼達は大ジャンプして本殿の屋根に降りた。
「着きました」
三人とも丁寧に屋根の上に下ろされる。
「あれ?」
「ん?」
きょっとんとしながら、お互いの顔を見合わせる勝木と息吹戸。
「さっき、ここから行けないって言ったのでは?」
息吹戸が山伏鬼に聞こうとして、彼らはもう屋根から飛び降りて下へ戻っていた。
質問が宙に浮いてぽとっと落ちた気がする。
(まぁ、いいか。結局のところしっかり役目果たしてくれたし)
息吹戸はぺこりと軽く会釈をする。
「あれをみろ、勝木」
東護《斗》がすっと空を指し示す。
「!?」
息吹戸と勝木はその光景を見て息を飲んだ。
数メートル上空で十代後半の女性が宙づりにされている。もっと詳しくいえば、空に浮かぶ魔法陣から垂れた黒く太いロープに縛られていた。
女性は憔悴しきっている。足まで届くほど長い黒髪は乱れており、衣褲姿がビリビリに破かれていた。
切り裂かれた布の隙間から、すらっとした肉付きの少ない肌があちこち露出している。まるで水着のパレオ姿を彷彿とさせていた。
そこまでならまだいい。
問題があるとすれば、女性を縛るロープの結び方だ。
「こ、れは……!? なんと破廉恥な……!」
一目見た瞬間、勝木は顔を真っ赤にして反射的に目を背けた。
女性は衣服の上から亀甲縛りで縛られて魔法陣から吊るされている。官能的でありその手のマニアには喜ばれそうな光景だ。
「目を背けるな勝木」
東護は涼しい顔のまま全体の状況を観察する。
「いや。分かっている! 分かっているが!」
「もっとよく見ろ。別の場所に視線を変えろ」
「わかっているがああああああああああああああああ!」
東護は周囲の警戒を怠るなと言っている。
勝木もそれが分かって返事をしているが、彼は一向に前を見ようとしない。
というか、まだ距離が遠いので体の詳細はみえていない。
小指サイズの女性が縛られているのを見ただけでこの反応だ。頭から湯気が出ている。
結婚を前提に女性と付き合っていたとは思えない。初心すぎる。
東護は半眼で呆れたように呻く。
「勝木。似たような状況は沢山あっただろう。いい加減慣れろ」
「わかっているんだがなああああああああああ!」
「……あは」と声を出しかけ、息吹戸は慌てて口を抑えた。
このやり取りを聞くと、『目の保養を逃すな』と言っているように聞こえてしまい爆笑しかけた。
(う、ウケる……。やばいウケる。超楽しいこのやりとり。なんだこの会話。笑いを耐えるの辛、辛い)
笑いの渦に飲まれないよう、鉄仮面のまましっかり耐える。耐えて。耐えて。耐えきった。
ふーと息を吐いて顔を上げた。
腰に装着していた鉈を握りしめ駆け出す。
あ。という顔をした勝木と、ほらみろ。という顔をした東護が息吹戸を眺める。
「お先ですー!」
息吹戸は魔法陣へ向かって屋根瓦を駆け抜ける。
敵がいないのが気になるが、岡が一掃したのかもしれない。近寄れるだけ近寄ろう。
そして女性を見て、ギリっと奥歯を噛む。
(それにしても酷いな。剥いた衣服の上から亀甲縛りなんて酷い! SMに興味はないけど相手の同意なしにこれはヤバイ! 見た目もまずい! もっと普通に縛ってあげればいいのに! 誰だこの縛り方を選んだ変態は!)
ドォン。と、前方から巨大な爆発音が響いて屋根に巨大な穴が開いた。
急ブレーキして走るのをやめる。
穴の中から黒煙と共に岡が姿を現した。
「おかあさま!」
「おや? 息吹戸じゃないか」
岡は息吹戸を見つけると目を輝かせ彼女の前で着地する。
パジャマが少々焦げてたが、五体満足でまったく傷を負っていなかった。
ふよふよしていた袖の爪におびただしい血痕と、何かの肉片が残っている。
くるりと顔を横に向けて、こちらに走ってくる勝木や東護を視野に入れると、ニヤッと笑った。
「うまくやったねぇ息吹戸! ちゃんと全員生きてる、感心感心!」
「おかあさまが助っ人を用意してくれたお陰です! あれで随分楽に戦えました」
息吹戸が上品に笑いながら、高揚したように目を輝かせる。
「で。私は何をすればいいのでしょうか?」
「あそこに伊奈美ちゃん捕まってるから助けてくれない?」
岡は魔法陣に吊るされている女性を示した。
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