第156話 横抱きとはお姫様抱っこである
息吹戸はこれから向かう方角を教え、禍神送還と代行者の救出もあると説明する中で、全く反応を見せなくなった東護が気になった。勝木もチラチラと覗き見て不安そうに顔をしかめる。
お互いに顔を見合わせ頷く。
同時に近づき、左右に東護を挟み込むように立った。
「東護さんどうしました? やっぱり疲れましたか?」
「疲れたなら無理するな。お前だけでも戻るといい」
東護はスッと顔をあげ、勝木に視線を合わせる。
今は息吹戸を見る余裕がないので無視だ。見れば問いただしたい衝動が湧き起こるが、記憶喪失で東護の家族を殺したことすら覚えていない。問い詰めところで何も答えられないと、火を見るよりも明らかである。
東護はため息を吐くと、不機嫌を前面に出した。
「ふざけるな。俺を従僕化しようとした張本人に礼をせず、帰れるはずがない」
「それでこそ東護だ!」
勝木が笑いながら東護の背中をバンバン叩いた。彼もまた同じ気持ちである。
一時的にでも従僕させられたお礼はしっかり与えなければ。と闘志に満ち溢れていた。
そしてチラッと息吹戸を一瞥する。
こうやって人に戻れて馬鹿笑い出来るのも、彼女が解除してくれたからだ。この案件が終わればちゃんと感謝の意を伝えようと心に留める。
息吹戸は二人のやり取りを満足そうに眺めてからすぐ離れる。あまり二人の側にいるとニヤけているのがバレしまう。背を向けて表情を隠してから拳を口にあてて隠すように笑った。
(ふふふ。これはこれで良い組み合わせ。同僚カプもいいなぁ。この場合はどっちが攻めなんだろう。年齢上だけど勝木さんは受けっぽい。抱くときの体格差でコトを起こす妄想したら萌え転げそう。我慢我慢。裸はシャットアウト)
ニヤニヤしていると、山伏鬼が息吹戸の横に立った。口を一文字に戻して見上げると
「では。我らが現場まで運びます」
山伏鬼が一礼し、了承を得ずに息吹戸を横抱きで抱き上げた。
「んな!?」
逞しい肉体に持ちあげられて、驚いて声をあげてしまう。しかもそれは息吹戸だけではなく
「な!?」
「うおおお? なんだと!?」
東護や勝木も山伏鬼に横抱きで抱えられた。二周りも体格差があるので、東護のみならず、勝木すら小柄な印象になってしまった。
何事か!? と、二人は目を白黒させて茫然としたが、すぐに我に返り「降ろせ」と口々に怒鳴る。
しかし山伏鬼は下ろさない。首を左右に振り、真面目な顔をしながらそれぞれ抱きかかえている相手の顔を覗き込む。
「戦闘でお疲れのはず。我らが運びます故、少しでも体を休めてください」
「必要ない!」
と東護が怒鳴り。
「離してくれ! 後生だ!」
と勝木は顔を真っ赤にして叫んでいた。
それを目撃した息吹戸は悶えながら両手で顔面を隠した。面白くて足をばたつかせる。
(なんてこと。なんてこと。屈強な鬼に横抱きされる美形成人男性と、筋肉ムキムキの成人男性の構図が胸キュン。こんなに萌えるものだなんて……っ! 最っ高)
歓喜余って地面をローリングしたい衝動に耐えつつ、指の隙間から鬼とカミナシ職員のやり取りを鼻息荒くしつつ盗み見る。
(クールな東護さんが罵声浴びせながら必死で叩いているし。勝木さん顔真っ赤で暴れてるから山伏鬼が更にギュッと強く引き寄せてるし。二人とも顔真っ赤! 対して鬼は真面目と言うか無表情というか、なんというか、話しても通用しないあたりが俺様系とか、お前だけが特別って感覚を匂わせれ、もう、語彙力どっか飛んでった! あああああああああ画像として残しておきたいいいいいいいいいいい!)
悶えすぎて震えが止まらない。
とろける様に恍惚な笑みをうかべ手を組み祈る。このまま昇天しそうだ。
「はぁぁぁ~。尊死。なんたるご褒美、生きててよかった」
興奮しすぎて呼吸が早く浅くなった息吹戸を不思議そうに見下ろしながら山伏鬼が聞き返す。
「どうされました? もしや具合が」
「ううん、サプライズのお陰で絶好調に戻った。かはー。幸せぇぇぇ」
息吹戸は満面の笑みに喜悦の色が濃く浮かばせ、魔法陣が浮かぶ方向を指し示す。
「さぁ! このまま早く行きましょう! 二人逃げ出さないうちに、とっとと走るんですよ!」
「御意」
山伏鬼は頷き颯爽と駆け出した。その鬼に続くように、東護と勝木を横抱きした鬼も駆け出す。
「くっそ! 離せ!」
東護は盛大に舌打ちを鳴らし。
「これは恥ずかしいいいいいいいいいいい!」
勝木は初々しい乙女のように顔を両手で覆ったまま、大きな体をちぢこませた。
鬼の横抱き移動は、二人のプライドに少し傷を負わせてしまうことになった。
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