第151話 本当に静かになったのだろうか
息吹戸はほーっと息を吐きながら万華鏡を覗く。
「は! 下がっておこう」
脳裏に勝木が行った情景が思い浮かんだので、数歩下がった。
(……間に合うかな。術が破壊されることも考慮して、成り行きを見守ろう)
「ううう」とうめき声をあげ、勝木が首を抑えている。息吹戸は速足で駆け寄った。
「大丈夫ですか? 肉が引きちぎられてません?」
「だ、大丈夫だ。血は出てるが……出血は少ない」
それはよかった。と息吹戸が呟くと、勝木はやれやれ。とため息を吐いた。
「勝利への執念が強いのは知っていたが、まさか噛みつくとは。恐れ入った」
勝木の首には盛大な歯形があり血がにじんでいたが、軽傷のようだ。
息吹戸はふふっと笑みを浮かべて歯形を示した。
「あらやだ勝木さん。東護さんからの熱烈なキスマークですね」
「んなあああ! これは決してそんな可愛いものじゃなく! 引きちぎられると思って背筋が凍ったんだぞ!」
真っ赤な顔で否定する勝木が面白くて、息吹戸は笑いをこらえる事が出来なかった。
「あははは。必死。必死だしっ!」
息吹戸は目に涙をうっすら浮かせるほど腹を抱えて笑い転げた。
(なんだこのヒト可愛いなぁ。初々しいにもほどがある。見た目とのギャップが凄まじい! オトメだー! そして彼は受けだな!)
勝木のプライドを傷つけないように変なことは言わない。その代わりに大笑いをしてムズ痒い気持ちを発散した。
勝木は困った様に腕を組み「ぬう」と呻く。
笑われるのはあまり気分の良いものでもないが、息吹戸が珍しく上機嫌なので注意しにくい。
太い眉をひそめて眉間に皺をよせ、不機嫌そうに「ンンン」と咳払いして『もうやめて欲しい』とアピールするが、ふと、息吹戸の腹部に視線を止めた。
ジャケットが破けてプラプラしている。中にブレザーとワイシャツがあるが、どちらも斬られて、じんわりと血に染まっていた。
勝木はそれを指し示しす。
「そっちの腹の傷はどうだ?」
「これですか?」
心配含んだ声色を聞いて笑うのをやめた息吹戸は、切れた生地から自分の腹部を触る。浅い切り傷なので出血は少ない。触っても少し痛いくらいで動くのに支障はない。
「問題ありません」
「本当か?」
やせ我慢していないか。とニュアンスを含めた勝木の言葉に、息吹戸はペラっと切れた部分のワイシャツを少しめくった。
「んお!?」
勝木が吃驚して仰け反った。
「ほら。表面を薄く切っただけでしょ?」
息吹戸は傷を指し示す。皮膚が浅く線を引くように切られている。多少血が垂れているが出血は止まりかけていた。
説明よりも傷の具合をみれば一目瞭然だろう、と気を利かせたつもりだった。
しかし勝木の見るところは違っていた。
服の隙間からチラリと覗く逞しい腹筋、それでいて柔らかい肌艶が視界にとまって、女性の柔肌を見てしまったと一気に顔を赤く染めた。
元々血糊べったりの赤い顔だったので、幸いにも息吹戸に気づかていない。
勝木はあわあわしながらスイッと視線を外した。
「そ、それなら、よし」
「はい。ご心配どうも」
軽口が終わったタイミングで万華鏡が消えた。
鏡が消えた先に、東護だけ佇んでいる。全く微動だにしていないのが不気味だが、鏡が破られていなので上手くいったはずだ。
「東護さん」
息吹戸が警戒しながら声をかけるも反応はない。攻撃を仕掛けてくるかもしれない、と内心ちょっとだけビクビクする。
「あのー。転化を解除するので動かないでくださいね」
呼びかけるが、やはり微動だにしない。
しかし彼から殺気立った雰囲気や拒否を示す動作はないので、息吹戸は胸を撫で下ろした。
(私と口を利きたくないだけかも。早く終わらせよう)
大丈夫だと思いつつも、万が一の事を考え距離をあけ、東護から一メートル後方で立ち止まった。
「鏡よ。元の姿に戻して」
東護の前面に等身大の青銅鏡を出現させて彼の姿を映す。その時にチラッと東護の表情が見えた。信じられないものをみたように驚愕し固まっているようだった。
(あれ? 彫石さんや勝木さんとは違った反応だ。なんでだろう)
息吹戸は首を傾げる。今後のために何があったか詳しく聞きたいが、教えてくれないだろうと容易に想像がついた。
東護の転化を無事に解除できた。
菩総日神の力をそのまま使うことが出来たため通常なら助からない部分の侵食も解除された。
腐った肌も、濁った目も、変形した背中も元通りになり、和魂への侵食や東護の精神も人間の状態に戻っている。
これでサブミッションは終了だ。
「はい、終了。疲れた~」
息吹戸は肩や首をすぼめて軽く体をほぐす。殺さないように戦う事がこれほど神経を削るとは思わなかった。
「よかった! 東護おおおお!」
勝木は歓喜極まり半泣きになりながら、今だ呆けている東護に全力で抱きついた。
大男にぎゅっと抱擁されたことで東護の眉間にピキっとシワが寄る。良い気付け剤になったみたいだ。
「離れろ暑苦しい」
鬱陶しそうに勝木の顔に手をおき引きはがす。ベリィッと音がしそうなほど乱暴に勝木を押しのけて尻もちをつかせてから、東護は立ち上がった。
「ここは……?」
夕暮れの荒野。見渡しても何もない。足元には鬼やアンデッドが死屍累々に広がっている。一つ、二つとウィルオウィスプが山伏鬼から逃げていた。
先程、龍美と会話した記憶以外、頭の中に靄がかかっているように曖昧だ。
「ここは死者の国だそうだ」
勝木がお尻についた土を払いながら立ち上がり、息吹戸から聞いた内容を簡単に説明する。
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