第150話 なりふり構わない
「わかった! 東護は任せろ! 息吹戸はウィルオウィスプを……」
勝木が呼びかけに応えて返事を返す間に、東護は彼の間合いにやってきた。
「従僕ごときが龍美に触るなああああああ!」
泥蛇となり制御不能になりそうな和魂を無理やりねじ伏せて、四つの水の刃を形成し体の周囲に纏わせる。
半円のギロチンの刃が回転しながら勝木へ向かった。対して勝木は鷹の羽で光の盾を作り、防御する。
「俺は従僕じゃない! 目を覚ませ東護!」
刃が盾に当たり上空に弾かれた。勝木は「ううむ」と困ったように呻く。盾をぶつけた衝撃でギロチンを破壊しようとしたが、一度では無理そうだ。
「黙れ! 貴様も龍美を切り裂く気だろう!」
「違う、話を聞け!」
水の刃の軌道を読み受け流す勝木。彼は攻撃ではなく防御に徹して東護を苛立たせ注意を引いた。
こうやって改めてみると、痛々しくて勝木は心臓がギュッと縮む。転化の影響で東護の全身の皮膚が腐った色をしている。瞳孔が白く濁り、整えられていた髪も乱れ、背中もやや変形しているようだ。
九割の浸食、と勝木は判断する。通常なら殉職として処刑される状態だ。
それでもなお、助かる見込みがあると信じられるのは息吹戸の能力のおかげである。まだ諦めなくていい、まだ救える。
勝木は目に涙を浮かべながら、東護の意識が沈まないように必死に呼びかけた。
「東護、話を聞いてくれ! 治療をしないとお前はっ」
「黙れ従僕めえええええ!」
そんな勝木の切なる想いは、洗脳されている東護に一切届くことはない。
勝木が引き付けているおかげで、息吹戸は邪魔されることもなく洗脳しているウィルオウィスプに接近した。霊魂にかけられている術の構造は同じでも、霊魂の形は一つとして同じものはない。一度特徴を覚えれば探し出すのは造作もなかった。
「よぉし! こいつだな! 鏡よ――」
迷うことなくウィルオウィスプを捕まえて、すぐに鏡を出現させようとした。
「!? ……させるかああああ!」
後方から息吹戸の気配を感じた東護がすぐに振り返り、勝木に飛んでいた二つの回転ギロチンの軌道を変更して、後方にいた息吹戸へ追撃させる。
「息吹戸よけろ!」
盾で二つのギロチンを上空へ弾きながら、勝木が警告を発する。
「まじか!」
呼びかけよりも先に、殺気に反応した息吹戸は飛んでくるギロチンに驚いて声を上げた。
「このタイミングで!」
高速回転してくるギロチンを回避したいが、鏡を出す動作に入っていたためにすぐに鉈を振るえない。
弾き返せないと判断して、後方ステップでその場から逃げたのだが、追尾機能がしっかり搭載されていた。
急激な急カーブを行い回転ギロチンが息吹戸の首を狙う。大きい刃だったので思いっきり左へ体を倒した。耳元でギュンと音が鳴る。
その一秒後に腹部を狙って回転ギロチンが飛んできた。体勢が崩れていたため回避しきれない。
ギロチンが息吹戸の右腹部を凪いだ――――
「なんのっっ!」
――が、咄嗟に刃の流れに沿って回転ジャンプをして回避する。右腹部の前側から横側の皮膚を撫でるようにギロチンが飛んでいく。
ジャケットがぱっくりと裂け、皮膚が切れて、つぅっと鮮血が伸びる。
ジャンプして一秒後、回転ギロチンが戻ってきた。息吹戸の手には鉈が握られている。着地した瞬間にギロチンを切り裂いて術を無効化した。返す手でもう一つのギロチンも真っ二つに割った。
びちゃ。と二つの泥水の塊が地面を濡らし、跡形もなく消える。
「あっぶなーーーー!」
危うく真っ二つになるところだった。と息吹戸は冷や汗をかく。皮膚を切られる程度のダメージで済んでよかった。
勝木もほっと胸を撫で下ろしながら、盾でギロチンに衝撃を与える。やっとヒビが入った。ブーメランのように戻ってきたところで盾を当てると、ギロチンは粉々になって飛び散った。
東護は舌打ちをしながら、残り一つを勝木に向けようとして、息吹戸から目を離す。その瞬間に彼女は全速力で東護に駆け寄って。
「東護さんめええええ! 邪魔しないでよめんどくさいいいいい!」
その背中に思いっきり飛び蹴りを食らわせた。
「ぐあ!」
背中に衝撃を受けた東護は踏ん張り切れず、勝木の所へふっ飛ばされる。
「よしきた来い!」
勝木は両手を広げ自分の胸にダイブしてきた東護をキャッチすると、強烈なハグをかます。
「ぐあっ」
「ふふふふ。捕まえたぞ東護!」
「はな、はなせ……っ」
勝木の強烈なハグから抜け出そうと東護はもがく。しかし元々の筋力差で振りほどけない。
息吹戸はキラキラした目で一瞥し、その光景を脳裏に焼きつけた。
「勝木さんナイス! そのまま抑えつけてて! 鏡出現するまで他の事できないから絶対に離さないでね!」
「任せろ!」
勝木がキランと歯を光らせ、にやりと笑った。
息吹戸はグッと親指を立ててから、逃げようとするウィルオウィスプに掌を向ける。
「鏡よ真実を写して!」
万華鏡が出現した。ウィルオウィスプが筒の中に閉じ込められる。
「龍美! 龍美!」
悲鳴をあげて妹の名を呼ぶ東護。彼は勝木から抜け出そうともがくが、びくともしない。血の気が引いていく、絶望が彼を襲い震え始める。
「離せ! はなせええええええええ!」
東護は口を大きく開けて、勝木の首に噛みついた。
「ぐあ!」
勝木がたまらず手を緩める。その隙を見逃さず東護は拘束から抜け出した。
諦めない精神に息吹戸は感心すると同時に危機感をあらわにする。
鏡を出しているときは攻撃動作がとれない。下手に動くと鏡の効果が維持できず消滅してしまう。
(うっわマズイ!)
一撃をくらう覚悟で身構えると、勝木の腕の中から逃げた東護は彼を踏み台にして万華鏡の筒の中へ入った。敵を倒すよりも救出を第一に考えたようだ。
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