第148話 衝撃の事実
鉈があるうちは剣に対抗できる。
そう思った息吹戸がニヤッと意地悪く笑うと、東護の表情が険しくなり、柄を握る両手に力が入った。
「息吹戸! またしても、龍美に手をかけようと戻ってきたのか!」
東護が剣で鉈を弾き、息吹戸の体勢が崩れた瞬間に斬撃を放つ。勢いでよろけながらもすべて鉈でいなしてから、息吹戸は首を傾げた。
「龍美を手にかけ? どーいう意味だい?」
「しらじらしい!」
頭に血が上り東護の顔が赤くなる。髪から水蒸気が出そうなほど熱気が立ち上る。叫喚の声を上げながら、首や胴や手首や股へ刃を滑り込ませる。
急所に向かってくる凶刃を一つ残らず払い除けながら、息吹戸の体が歓喜で震えた。
(よく映画で達人同士の戦いは楽しいって表現されるけど。……楽しい! 力を受けて止めてもらえる安心感がすごい! もっと! もっと! もっとかかってきてよ!)
憎しみに染まる東護の剣は命を奪うために急所を狙い。
剣技の催しを楽しむ息吹戸の鉈は受け止めてもらえると確信して急所を狙う。
心構えが百八十度違う二人の力は拮抗していた。
キィン! ガキィン! と、和魂の剣は金属と同じような音を奏でる。
火花こそ散らないが、刃が交わるたびに水滴が辺りに散らばっていった。
その水滴、息吹戸には妙な文字の一部としか視えていない。空気中に漂うその文字は良からモノだと脳内に警戒音が鳴る。
剣の軌道を潜り抜けつつ、息吹戸は水滴を一つ一つチェックする。
(水滴に何か術が施されてる。『きど』と『ち』と……『かい』かな。うーん。これ以上はまだわかんないや。でも何か狙ってるっぽいから気を付けよう)
水滴の数が増えると規則性を孕み始める。どうやら罠を仕掛けている最中のようだ。
(これ読めると早いのになぁ)
読んだ内容全て暗器しているわけではない。うろ覚えの部分がほとんどで術式の解読はまだまだサッパリ分からない。
勉強は必要だな。と思いつつ、
息吹戸は胴割ろうと凪ぐ剣をかわし、深く全身を地面に落とした。
左手を軸にして下半身を浮かせて足を東護の足をパシンと蹴りと払った。体が柔らかく筋力もあるから出来る動きだ。
「っ!」
東護は足を取られバランスを崩した。更に息吹戸は剣を持つ東護の両手を蹴り上げる。
「ぐ!」
衝撃と痛みで、東護の手から剣が離れる――――が、剣は地面に落ちず、空中で旋回してブーメランのように東護の手に戻ってきた。
息吹戸はバネのように体をおこしながら
「すごーいめっちゃ便利!」
思わず本音で賛辞を送ると、東護に鋭く睨まれた。
戻ってきた剣を握りしめ、袈裟懸けに切り下ろし、切り上げ、切り下ろす。
ある程度の強さをもつ者でも即座に骸と化す斬撃を、息吹戸で紙一重で避ける。
攻撃を受け止めると威力が伝わり疲れるので、流れを読んで受け流す方向に変えた。
(見た目は冷静っぽいなーって思ったけど、勝木さんと同じだわ。力の配分滅茶苦茶)
東護の攻撃は鋭いが、余計な動きと過剰な力が入っている。大振りで剣を振るう度に肩の軋む音がきこえた。
休む間もなく最大を超えて動く肩の関節や筋肉が悲鳴をあげている。
これ彼の剣術スタイルなのか、怒りに任せて振り回しているだけなのか判断できない。
感じ取れることといえば、剣を振るたびに呼吸が酷く乱れて体力が減っていると思うくらいだ。
一息つけないようにこちらも攻撃の手数を入れている。ジリ戦で消耗させるの安全だが、こうして戦っている最中も転化は進行している。東護が人間でいられるのもあと僅かだ。
(隙がほしい。でもあの人の敵は『息吹戸』だ。傷をつけずに確保できないかも。勝木さんの時を考えると、龍美さんの死が私に関係している。はぁー。ここまで恨まれるなんて、何をやったんだろうねえ?)
スイっと鉈で剣をいなすと、頬に切れたような痛みが走った。
「……いたい?」
頬から水滴が和がれて顎へおちる。手の甲で拭ってみると血がついた。
息吹戸は切れた頬の痛みに口元を緩めると、すぅっと目を細め、浮遊している水滴を見つめる。
(これが怪我の原因か)
浮遊している水滴が、ガラスの破片のような鋭い形に変わっていた。
水滴は小さいものからやや大きいものまでが浮遊しており、スペースデブリのように息吹戸の周りに漂っている。
動くたびに水滴がこちらに引き寄せられて切り傷をつける。猫の爪で引っ掻かれる程度だが、ちょっと表面に触れただけでこの裂傷。ぱちゃんと当たれば深い傷を負うだろう。
(力を帯びている。あと少しで完成するっぽい。術の要はどこだ?)
チラッチラッと組み合わせた水滴の配列を確認する。網目状になって息吹戸を覆っている。
「集っ!」
東護の号令に合わせて水滴が上下左右に回転し始める。東護は息吹戸から離れた。その表情はざまぁみろといったにやけた笑いを浮かべている。
なんだかいつもの東護らしくなくて、息吹戸は「プハッ」と吹き出して笑いだしてしまう。
「あの、あの鉄仮面みたいな東護さんが楽しそうに笑ってるーっ! 私にどんな怨みがあるんですかね?」
答えてくれないだろうなと思いつつ聞くと、東護はショックを受けたように表情が曇った。
意外な反応に目をパチクリとさせると、東護は蔑んだように目を細めて口を歪める。
「貴様は覚えていないのか?」
記憶喪失ってことになっているんですけど。と思ったが、空気を読んでツッコミしなかった。その代わりに頷く。
「……ははは」
東護は片手で顔を隠しながら、残った電池で動く人形のようにふらり、ふらりと体を揺らして、精神が壊れたような笑い声をあげた。
「ははは……ははは……はは……。貴様にとってはその程度ということか」
そして般若のように眉と目を吊り上げ、水蛇の剣先を向けた。
「俺の最愛の家族を、父と母そして妹を――龍美を殺したことを、貴様は覚えていないのか!」
「……エ?」
思いもよらない発言に、息吹戸は目を点にした。
数秒、無言の後に、
「マジかあああああ! 『息吹戸』はそんなことをやらかしてたのおおおお!?」
両手を頬に添えて、ムンクの叫びポーズで叫んだ。
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