第147話 吹き荒れる東護
「割け」
東護の号令とともに水蛇が螺旋状にやってくる。
渦巻きに捕らえられると体が回旋されて骨を折るのだが、息吹戸は水蛇の頭を左下からスコンと殴りながらフルスイングで上空に投げ飛ばす。
「撃て」
東護の号令とともに水蛇の体が膨らみ、口から弾丸サイズの礫を吐き出す。動く自動連射銃が上空から襲ってくるので、息吹戸は足元にある鬼の亡骸を蹴って浮かし、盾代わりにしながら走り抜ける。
こうして鉈が届く範囲まで接近を試みる。難なく攻撃を回避されても東護に焦りの色はない。
「唸れ」
水蛇が大気中の水分を溜め込み身を巨大化させる。大木のような太さになった水蛇は口を大きくあけて息吹戸に飛びかかった。
五十センチ大の牙の切っ先が息吹戸の頭部に当たる寸前、鉈から伸びた神通力の刃が牙を構築している文字列を崩す。
水蛇の口の中が崩れて、ぱしゃん、と大きな水滴が息吹戸の髪を濡らす。
声なき悲鳴をあげるように、水蛇は頭をブンブン振りながら仰け反った。
(ごめん。ほんとごめん)
痛がる水蛇に心の中で謝る。ここ突破して接近戦に持ち込みたいので、心を鬼にして攻撃をしている。でも中途半端ではこちらがダメージを受けてしまうので、やるからには徹底的に行う。
顔が半分崩れたような水蛇は恐れるような眼差しを息吹戸へ向ける。怯むように東護の方へ後退するが彼はそれを許さない。多くの神通力を送り込み水蛇を回復させて、攻撃の手が緩まないよう指示を出す。
宿主の意思に沿い水蛇が勢いを取り戻す。息吹戸をかく乱するように空を飛び、地を這い、東護への行く手を阻む。
(蛇、蛇、ずるるん、ずるるん。るんるん。水蛇の動き綺麗だねー。透明の水色だからとっても綺麗。顔も可愛いねぇ。牙も可愛いねぇ)
息吹戸は水蛇をこっそり愛でていた。
そこら辺を飛ぼうが這いまわっていようが、噛みつこうが締め上げようとしようが、全部『可愛い』に統一されている。
ペットを微笑ましく眺めるような雰囲気の息吹戸を見て、東護はほんの少し瞳に焦りの色を浮かばせた。
「追撃」
東護の号令のもと水蛇が子を産んだ。大きさと長さは二の腕程度。目と目の間にぷっくりとした赤い宝石があった。
百を超える蛇の子は空中を泳ぎ、魚の群れのように纏まりながら息吹戸に迫ってくる。
(あっれー? なんだか眉間に仕掛けがあるねぇ。触れちゃまずい気がする)
直撃を受けない様に避けると、ブーメランのように方向転換して迫ってくる。
「おおっと! 追撃用の小型ミサイルかな!?」
息吹戸はそこらへんに転がっている鬼の骸を掴んで、ある程度引き付けてから、ぺいっと蛇の群れに向かって投げた。
赤い宝石に骸が触れた途端、ぱぁん、ぱぱぱぱぱぁん。と爆竹の破裂音を響かせ蛇達は自爆する。
掌二個分の衝撃波が骸の肉を削ると、散弾銃の集中砲火を食らったように骸の肉片が飛び散って地面に落ちた。
「予想よりも範囲狭いね! でも凄いね!」
目を輝かせて鬼の骸をひょいひょいと、豪速球の速度で蛇に投げつけた。
蛇の群れは骸を避けようとするが、ぎりぎりで投げつけられるため回避が間に合わず骸と共に自爆する。
蛇の群れは五つに別れてそれぞれの方向から息吹戸を追うが、彼女は蛇の群れの軌道を読み、先回りして互いを衝突させて自滅させる。
「やっぱ追尾型ミサイルだった。面白いなぁ和魂って。でも凄いのはそれを操る東護さんってことかな。よいしょっと……これで全部だね」
数匹残った蛇の子に骸をブチ当てて全部消したところで、東護に視線を向けた。まだ距離はあるが、接近戦に持ち込める範囲に近づくことができた。走って五分、それで東護の懐に入り込むことができる。
「……忌々しいやつだ」
全く攻撃が届かず不快感極まりないと、首元を触りながら表情を硬くする東護。
「やっほー東護さん。正気じゃないみたいだけど、私が誰だか分かってるよね?」
そう明るく呼びかけながら東護へと駆けだす息吹戸。
「剣をここに」
東護は水蛇の和魂をもう一度呼び出し剣に変化させる。剣の形状は鎌形刀剣ファルシオン。全長約七十センチ、幅広の鎌のような弧を描くように曲がっている刀身を持つ片刃だ。
目の前で蛇が剣に変化したので息吹戸の目が好奇心で輝く。
(すっごーー! 武器化もできるんだ! えー! えー! 和魂万能じゃーん! でも鉈がどこまで対応できるかなぁ?)
一抹の不安はあるものの、興奮がそれを上回る。
(そういえば対人戦って夢の中でも数える位だわ。そう考えるとめっちゃ楽しくなってきた! 東護さん強いからどこまでやり合えるかワクワクすっぞ!)
息吹戸の血気盛んな眼差しと、東護の冷ややかな眼差しがぶつかる。
先に仕掛けたのは息吹戸だ。あっさりと東護の間合いに入り込み遠慮なく首を狙った。相手が強いと知っているからこそ、全力で急所を狙えるのである。
鉈を横向きに凪ぐと剣が行く手を遮った。息吹戸は一瞬、鉈の刃に目を向ける。刃こぼれもヒビも入っていない。どうやら和魂戦でもある程度は耐えられるようだ。とほくそ笑んだ。
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