第146話 どっちを選んでも命がけ
小細工が好きとは、言い換えれば、真正面から相まみえないという意味だ。
勝木は良くも悪くも、真っ直ぐ真正面から相手の攻撃を受け止める。東護が本気で仕掛けてきても遅れはとらないと断言できるが、その場合、お互いただでは済まない。下手をすれば負けるか相討ちとなる。
それは危険だと息吹戸は釘を刺してきた。
勝木は焦ってオタオタと無意味に手を動かす。彼だって息吹戸と東護の関係は最悪だと知っている。
洗脳で歯止めが効かない東護は確実に息の根を止めにかかってくるはずだ。こちらの失態を全て肩代わりさせるわけにもいかない。
「いや、やはり俺がいく。息吹戸に負担が大きく……」
「構いませんとも。山伏鬼がまだ四人も残っているから。何とかなりますって」
息吹戸はあっけらかんと言いながら、スッと妖艶な笑みを浮かべた。勝木がこちらに注目したので射抜くように睨みつける。
「助けたんだから私の言う事に従ってください。それくらいの恩義はあるでしょう? 私は二人を助けるサブミッション中です。時間が押してる、くだくだ言うな。手を出すな。余計な心配するな。私は大丈夫です」
決して声を荒らげていないが、一声一声、重みと威圧をもたせる。
勝木は圧に負けて一歩後退した。
全身から底冷えがしてカチカチと歯が鳴る。単なる威嚇でここまでの恐怖を覚えるとは相変わらずだ、と畏れ慄く。
「う、……ううむ。分かった。き、気を付けてくれ」
勝木は絞りだすような声をだし頷く。息吹戸は少しだけ睨みを緩和させた。右手の人差し指をピッと立てて意地悪そうに唇を歪ませる。
「それに、ウィルオウィスプを倒すのも命がけですよ? 本命の危機を感じると、即座にこわ~い東護さんが襲ってきますから」
「わかった。早急にこっちに来るようにする。任せろ!」
勝木が自信満々に胸をドンと叩いた。
「お願いしまーす!」
息吹戸は軽く手をあげて挨拶をしてから、鉈を握りしめて東護の元へ駆けだした。
そんな彼女の背中を見つめながら
「悔しいが、頼もしい女性だ」
ポツリと呟くと、勝木は肩に乗せている鳥の和魂を優しく撫でる。
「悪かったなクルック。さぁ、仕事だ!」
クルー、と鳴きながら、鳥の和魂が一際輝きその輪郭を浮き彫りにさせる。
鷹のフォルムに孔雀の尾をもつ姿に戻った鳥の和魂は翼を大きく広げて飛び立ち、ウィルオウィスプの群れに突っ込んでいった。
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鬼の骸を踏みつけながら、東護は取り囲む山伏鬼を睨みつけた。その目には狂気が宿り、憎しみに満ちている。
彼の力を増長している水蛇の和魂もシュルシュルと水音を発しながら、威嚇するように空を泳いでいた。
接近戦はもとより中距離でも攻撃を受ける事が分かると、山伏鬼達は一定の距離を開けて東護の隙を伺う。
東護はそんな鬼達の動きを感知し、わざと誘いを出して鬼を一体ずつ片づけていた。
数が少なくなると山伏鬼達もより一層慎重になり、押されると距離を取る、を繰り返して、東護が息吹戸の元へ進むことを妨害する。
彼らの目的は勝つためではなく時間稼ぎだ。何人壊れようが向こうが終わるまで足止めをするだけである。
死を恐れない、痛みに怯まないとは厄介だと呻く。仇のところへ早く行きたいと苛立ちを露わにする東護のところへ、息吹戸が間合いを計って立ち止まった。
「さぁて。東護さんお待たせしました。まずは熱烈殺気アピール有難うございます」
「息吹戸」
息吹戸を視界に入れた途端に、般若のような表情に変貌する東護。殺したくて仕方がない、というように重く鈍い殺気が息吹戸に叩きつけられる。
(うーむ。ほんとに息吹戸って彼に何をしたんだろう?)
濃厚な殺意を受けた『私』はなんだかシラケてしまった。もっと怖くて粘着質な殺意を知ってい
る。この程度では怖くない。と一人心地になる。
(まぁいいや。あと一割半で転化完了しそうだから早く終わらせないと)
「貴様を殺す!」
東護の怒号に合わせて巨蛇の和魂が激しくうねると、水で作られた大鎌の刃が何十枚も飛んできた。
(東護さんは接近戦オッケーなのか、和魂で全体攻撃系なのか。この人あんまり手の内見せてないんだよね。どっちなんだろーう?)
飛んできた刃は鉈を振るって相殺する。
刃とはいえ水で構成された術なので、構成された文字列を的確に切断すれば効力が無くなる。
しかし通常の武器では術に対して効果がなく、歯が立たない。
この鉈は禍神を傷つけるべく創られたモノだからこそ、術を壊し無効化することが出来るのだ。
(鉈が万能すぎる!)
息吹戸は感動して口元が緩んだ。
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