第145話 ストーリーイベスキップできず
勝木は嗚咽混じりで後悔を口にする。彼の目はまだ虚ろで腑抜けているようだ。
「最後、話を、できなくて……。でもさっき、喜咲が、喜咲が……」
「『喜咲さん』とは?」
勝木の過去は未修得だ。放置したかったが聞かないと動てくれないような気がする。
(強制ストーリーイベントみたい……スキップしたいなぁ)
虚無の表情を浮かべている息吹戸に気づいていない勝木は、濁音交じりで「それは」と言い鼻水をすすった。
「喜咲、とは、ご、婚約者で。禍神の生贄として連れていかれるとごろに、遭遇しでも、当時の俺は歯が立たなくて……ずっと申し訳なく思ってて……。でもあいづは、許してぐれてて、大好きって……うぐうううう」
後悔と贖罪が済み、美しい思い出から新たな希望を得た勝木は、歓喜余って男泣きを始める。
一向に泣き止まない様子に肩をすくめる息吹戸。面倒だと思いながら見下ろした。
「とりあえず良かったですね」
感情がなくカタコト口調で相槌を打ち、
「次の相手が待っているので、そろそろ現実に戻ってきては如何ですか? 時間がないんですよ。殴っていいでしょうか?」
冷気を孕むような声色で冷静に穏やかに告げると、勝木は冷や水を浴びたようにハッと目を見開いた。
背筋をピンと伸ばして、ゆっくりと息吹戸を見上げる。冷たい視線と絡まり勝木はみるみる顔色が悪くなる。幸せな夢に漬かっていた意識に特大の雹がゴンゴンと降り注いだような痛みのあと、彼は完全に夢から醒めた。
「そ、そうだ! 俺は一体なにをやっていたんだ!?」
勝木からいつもの力強さが戻ってきた。素早く立ち上がり慌てて周囲を確認する。
見たことのない景色に、見たことのない死骸、見たことのない鬼と、先ほど倒そうと思っていたウィルオウィスプ達が一度に目に飛び込んできて、眼球が出るほど驚いて何度も瞬きをしていた。
「こ、ここはどこだ? そもそも俺は何をして……。クルック。お前まで出て……いつ出てきたんだ?」
勝木の肩に止まっていた鳥の和魂がクルーと鳴いた。
「え!? そうなのか!? 洗脳!? そうなのか息吹戸」
和魂と意思疎通ができるようだ。それなら詳しい説明を省いて簡潔に述べたほうがいい。
「勝木さんと東護さんは洗脳されて、死者の国に連れてこられて転化してました。山伏姿の鬼は私の味方です」
「転化してたのか!? 俺が!?」
ショックを受けた勝木は、慌てて自分の体をチェックし始める。息吹戸はそれを止めた。
「解除したので大丈夫です。現段階では禍神の正体はわかりません。あと、面倒な事に東護さんが敵側で残っています」
「東護が!?」
東護の姿を探すべく、勝木が周囲の景色を見渡す。
すぐ発見したものの転化中の姿に驚き「あ!」と声をあげ。
東護が放った水蛇の攻撃で山伏鬼の胴が真っ二つになったところを目撃して「あああー」と声が崩れ落ちた。
息吹戸は山伏鬼の残りを数える。あと四人だ。
「あいつが敵側……なんてことだ。よりによって、あいつが……」
勝木が真っ青な顔になって呟いた。実際は血のりで赤いままなので顔色は消されているけども。
「こちらに戻せるのか……」
「戻しますよ。まだ間に合うのでさっさと動いてくださいって言ってるんです」
息吹戸の言葉に棘が出始めた。見た目よりも繊細な勝木にちょっとイラついている。
勝木は一度だけ深呼吸を行うと覚悟を決めた。彼の勤務歴は十年。転化解除が間に合わず従僕化したカミナシを何十人も屠ってきた実績がある。
「どう対処するんだ?」
「勝木さんと同じようにやります」
勝木は「・・・」と固まる。こほんと咳払いして申し訳なさそうに身をかがめた。
「お、俺の時はどうやったんだ?」
自分を指で指しながらおずおずと聞いてくる。大男に必要以上に近寄られても。と不快感を露わにして息吹戸は数歩下がった。
「東護さんを洗脳しているウィルオウィスプを見つけて一緒に洗脳解除。正気に戻してから転化解除です」
勝木は目を見開いた。
「そういえば、息吹戸は転化解除の力を手に入れたんだったな」
息吹戸は「はい。そうですね」と頷き
「言葉での説明は容易いですけど、やるのは容易ではないです。勝木さんはムラッ気あったけど、東護さんは隙が殆どないんですよ」
スッと眼鏡を取った。東護の体に和魂の力が行き渡っていた。彼を中心として細い水の筋が放射状に流れている。目には見えにくい筋は刃物と同じかそれ以上に鋭く、触れると斬れる。
今も、とびかかった山伏鬼がその線に触れてしまい腕を失った。
「ううむ。ムラッ気があったか」
勝木が苦笑しながらガックリと肩を落とすので、息吹戸はフォローする。
「普段よりも暴力性が高かったので無駄に力が入って大振りですね。あと注意力散漫で大雑把。有難いことに隙が沢山在りました」
「うーむ。反省点でもあるが、それが今回はいい方向へ行ったと思おう。手間をかけさせたな」
「いえいえ」
「俺は何をやればいいんだ?」
「勝木さんはウィルオウィスプの群れから東護さんを洗脳しているモノを見つけください」
勝木が驚いて口をあける。彼にしては予想外な内容だったらしい。
「いいのか? 俺が東護を止めて、その間にお前がウィルオウィスプを探す方が効率がいいと思うんだが?」
「いい案ですけど、なるべく双方のダメージを最小限にしたいです。東護さんはもとより、勝木さんもね」
息吹戸が薄く笑うと、勝木は痛いところを突かれたように呻いた。
「勝木さんが弱いってわけではなく、重傷を負わせないようにするには私の方が適任だと思うんですよ。小細工好きなんで」
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