第144話 いろいろ台無し
(あーヤバかった。山伏鬼のお陰でノーダメージで済んだー)
勝木も十二分に強かったが物理攻撃に頼りすぎていた。一撃が重い分、攻撃が大振りで単調になりやすい欠点があるので避けるのが容易かっただけ。
もう少し冷静に、かつ、和魂を上手に扱えれば勝負はもっと長引いていたはずだ。
冷や汗を手の平で拭い去り、ふぅっと呼吸を整えながら、内部の様子を確認する。
勝木が膝をついており、それを山伏鬼が見守っていた。
こちらは大丈夫だと踏んで、もう一人の救出相手、東護の動きを確認した。
無双している。
思いっきり呆れた。
(東護さんの方が体力能力及び戦闘のレパートリー多いと思っていたけど、……あれはほぼ無双だなぁ。勝木さんの場合は、和魂が必死で抵抗してくれてたみたいだから、術の威力が半分以下だった。でも……)
東護の和魂は完全に彼に協力している。自らの意志で東護の期待に応えていた。
蛇の水術は多彩な動きをしており、触れれば刃物のように切断される。その術で山伏鬼を惨殺していた。
十五人向かわせたが、もう残りは六人だ。
そして戦闘の隙間に息吹戸を睨んでいた。イケメンに焼け付くような殺気が顔にガスガス刺さってくる。見るだけで視線が絡む。次はお前だと伝わった。
(あーーー。私を滅茶苦茶見てるー。熱すぎる視線で心身ともに焼かれそうだよ)
息吹戸は苦笑いを浮かべて呑気に手を振った。熱烈な殺意アピールだ。そう簡単に洗脳解除と転化解除をさせてはくれないだろう。時間切れの予定も視野に入れなければならない。
「……おっと。出来たかな?」
万華鏡がスッと消えた。時間的に言えば三分ぐらいだ。
東護の殺意から目をそらし、勝木を確認する。ウィルオウィスプは消え、彼は項垂れたように膝を折って座っていた。
「おそらく正気に戻ったと思われます」
頭部から血を流している山伏鬼がぺこりと会釈をした。息吹戸は頷きながら歩み寄る。
「勝木さんの転化を解除したら加わるから、それまで東護さんをこっちに近寄らせないで。ウィルオウィスプは放置で。私が手隙になったらまた手当たり次第に攻撃すること」
「御意」
山伏鬼は鈍い歩みをみせるものの、即座に行動に移した。
息吹戸はスッと鋭く、勝木の背中を見る。和魂ままだ勝木の肩に止まっている。息吹戸の接近に反応して顔だけこちらを向けた。赤い小さな目に警戒の色はなく、首をほんの少し傾げてゆっくりと伸ばす。
息吹戸はゆっくりと近づき、やんわりと声をかけた。
「さてと。勝木さーん、正気に戻ってますか? 転化してるんで解除しますから、動かないでくださいねー」
返事はないが、コクンと小さく頷いたような動作があった。息吹戸は勝木のすぐ隣で立ち止まる。
「鏡よ。勝木さんを元の姿に戻して」
巨大な青銅鏡が現れた。それを勝木の目の前にドスンと置くと転化した姿が映る。
少しだけ顔をあげた勝木が自身の姿をみて、一瞬悲痛に顔を歪ませる。
異物が砂のようにさらさらと消える体が元へ戻ると、また下を向き、ふぅと息を吐いたように肩が揺れた。
青銅鏡が消えると、息吹戸は彼の肩をポンポン叩いて声をかけた。
「勝木さーん。終わりました~。時間が押してるんで、そろそろ現実に戻ってきてください」
こちらに反応して勝木が顔をあげる。それをみて、
(うっわぁー。キモい)
息吹戸はちょっと引いた。
感涙している勝木は少々見目が悪かった。顔色は赤、大粒の涙と鼻水が大量に流れており、それが呼吸を妨げて口が開き、隙間から唾液が流れ顎に滴っている。
まるで花粉症を発症したような酷い顔だった。
「……いぶきど」
鼻声で呼びかけられ、息吹戸は「げ」と声をあげて一歩引いた。
正気に戻って良かった、転化が解けて良かった、と思うシーンではあるが。
大きな男の酷い花粉症症状を間近で直視した瞬間に、笑顔を向けるほど息吹戸は人間が出来ていない。
「あり、ありがど……喜咲に、最後に話ができ、だ……」
勝木は鼻をすすりあげ、腕の裾で涙をぬぐう。
あー。と息吹戸は声なき声をあげた。
勝木の腕の袖は鬼の返り血がべっとりとついているうえ乾ききっていない。拭けば拭くほど、目の周囲に血のりがべっとりとついていく。
(うわ。多分感動のシーンだろうけど、色々台無し)
教えるタイミングとしては遅すぎたので、息吹戸は何も言わなかった。
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