第143話 荒れ狂う勝木
(うーん。やっぱり。勝木さんの攻撃範囲がおかしい)
攻撃に違和感を覚えるのは、何度目かに一回の大振りだ。
片手のフルスイングは息吹戸の身長より遥かに高く、ダイヤの棘は胴体サイズを優に超えて明後日の方へ撃ち込んでいる。
息吹戸はするっと勝木の傍を抜けると、彼は息吹戸の背中の向こう側を掴もうとする。
まるでそこに何かあるかのように。
(私の体よりも一回り大きい者を相手にしているような振りだ。それも人間じゃないな。動きの軌道を追ってみると、獣かもしれない)
どうやら勝木は『自分より大きくて背中と手足に何かが生えている生物』と戦っている。
目線も息吹戸の頭部よりも少し高めだ。何もない空虚を彼は睨みつけている。
それでも息吹戸をしっかり追っていて、攻撃を当てようと躍起になっていた。
(勝木さんが大切な人を失う原因になった『何か』を私に投影している。ってことなんだろうなぁ……)
息吹戸は待つ。山伏鬼達が作ってくれる隙を、今か今かと待ち焦がれながら。
拳や金棒が横切るたび、ダイヤが撃ち込まれるたび、反射的に勝木にダメージを与えないように注意しながら。
(反撃したい。でも我慢)
どこをどう突っつけば相手をねじ伏せられるか、其ればかり考えてしまう。本能と好奇心がウズウズし始めた頃、勝木がぴたりと動きを止めた。
何かの危機を察知したのか顔色が変わる。好戦的な瞳に驚愕と焦りが色濃く浮かぶと、脇目も振らずぐるんと体の位置を変える。
その方向を一瞥して、息吹戸はニヤリとほくそ笑んだ。
山伏鬼がウィルオウィスプを槍で打ち、態勢が崩れた隙に槍を突き出そうと構える。
「うおおおおおおおおおおおお!」
勝木は鬼のような形相になり山伏鬼へ駆けだした。息吹戸の存在は完全に無視している。
「喜咲に触るなああああああああああ!」
勝木は走った勢いのままジャンプ、からの、金棒を叩きつける。
「っ!」
直撃を受け頭部を破壊された山伏鬼が声なく地面に沈んだ。鬼達の骸の一つと化す。
鬼を無力化して、勝木はくるりと息吹戸に向き直った。ウィルオウィスプを背中で庇い守っている。
(アレが勝木を操っているやつね! よくやってくれた! 君の犠牲は無駄にしないぞ!)
息吹戸の心に歓喜が巻き起こり、見事に役目を果たした山伏鬼に心の中で賛辞を贈る。
息吹戸は直ぐにそのウィルオウィスプに狙いを定め。
「鏡よ真実を写して!」
万華鏡を喚びだす。
筒はウィルオウィスプと勝木を飲み込んだ。
息吹戸が中の様子を確認しようと万華鏡に近づくと
「なんだこれは! 攻撃か!?」
内側から勝木の叫び声が聞こえる。このまま解除できるはずと安堵したが。
ドォン
万華鏡に強い振動が走った。
覗くと、勝木が金棒で殴りまくっている。筒の表面にヒビが入り、ドォンドォンと音と共に広がっていく。
「うおおおおおマジかああああ! 勝木さんの馬鹿力ああああ!」
息吹戸が驚きの声をあげる。その途端、パリンと儚い音をたてて鏡が粉砕された。
すると内部から激しい光線が放たれる。
勝木の鳥の和魂が光を発して目眩ましを行った。
「うわ! 眩しい!」
息吹戸は反射的に瞼を閉じた。
「くらえ!」
万華鏡の欠片を浴びつつ走ってきた勝木は、息吹戸の頭に金棒を振り下す。
(うわ! どこからくる!?)
足音と風の切る音で、接近して金棒を振り下ろされたと解ったが、目を瞑っているためどこに当たるか分からない。
目眩ましには一瞬の筋肉の硬直作用もあったようで、咄嗟に足が動かない。
(とりあえず頭狙いのような気がするから、両腕捨てる!)
両腕をクロスさせて頭と顔を守る。
「させぬ!」
山伏鬼の声とともに、ガァンと鈍い音が耳に届く。
息吹戸は瞑った瞼を急いで開いた。少しチカチカするが視力は回復している。
目の前に広がるのは山伏鬼の背中だった。山伏鬼が持つ槍の柄が折れて右肩に金棒が当たっている。肩はベコッと外へでていた。
しかし痛みを感じない山伏鬼は、肩が外れようがお構いなしに勝木の腕を捻りあげて、金棒を地面に落とさせる。
「ぐあ!」
勝木がすぐ腕を振り払い体勢を整えようとするが、その動きを予測していた山伏鬼は両腕で抱きしめるように勝木を捕まえた。
彼は山伏鬼の両腕の中にすっぽりと収まると、肘を胴体に押し当てられ締められる。
「ぐぬああああ。離せえええええ!」
「ぐぬうううううううううううう!」
腕を広げて拘束を剥がそうとする力と、それを抑える力が拮抗していた。
「ぐおおおおおおお!」
「ぐぬうううううう!」
まさに力と力のぶつかり合い。額や腕の血管、筋肉膨張し、袖や服がパンパンに引っ張られる。熱気を出すのは生きている勝木だけだが、汗は双方でている。激しく揺すられるたびに汗がほとばしった。
「自分がこのまま、この者を押さえます! もう一度、先ほどの術を、おやり下さい!」
山伏鬼の叫びに息吹戸はハッと我に返った。
見惚れていたのだ、雌雄を決する熱き攻防戦を。
「助かる!」
と息吹戸は鋭く一声かけると
「鏡よ真実を写して!」
仕切り直しとばかりに、ウィルオウィスプと勝木と山伏鬼を万華鏡の中に入れた。
「はなせ! この従僕め!」
「離さぬっ!」
「くそ! 喜咲に何をするつもりだ!」
鏡の内部から勝木の罵倒にも近い怒声と、山伏鬼の声が響く。離せ・離さないの攻防戦が中で行われている。
「……え。喜咲?」
その声を最後に勝木が大人しくなった。どうやら解除が始まったようである。息吹戸は小さく息をついた。
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