第141話 転化中の同僚達
息吹戸は二人の男性に視線を向ける。
彼らは十五メートル先の荒野に立っている。左側の肌色が緑色と化し、左目が白へ浸食され、頬に膿がびっしりついている。まるで生きたまま腐敗しているような肉体に変化していた。
一人は片手に黒鬼の頭部を持ち、鮮血が滴る斧を握りしめている。
一人は赤鬼の体を心ゆくまで焦がし、金棒を握りしめていた。
二人の周囲に沢山の鬼や鬼女の骸が転がっており、それをゾンビが嬉しそうに咀嚼して胃の中に納めている。
岡は二人を見て「あっちゃー」と額に手を当てた。
「なるほど。生者を招き入れた理由が分かった。鬼退治かー」
死者は鬼には勝てないが、生者は勝つことができる。しかも相手はカミナシ第一課。常に従僕を相手にしているため鬼ごとき余裕である。
息吹戸も「あっちゃー」と両腕を組んだ。
「勝木さんも東護さんも転化してる。遅かったかー」
残念そうにそう呟いて、否、と否定する。
彼らの転化は完了してない。二割ほど菩総日神の子孫で踏みとどまっている。
「あ! ギリギリってとこかな? 今すぐ解除すれば助けることが出来るかも! まだ間に合う!」
息吹戸は鉈を取り出して握った。そして岡をみながらカミナシ二人を指し示す。
「おかあさま。私、あの二人をなんとかするんで、先に行ってもらえませんか?」
あっちに遊びに行くという無邪気さしか伝わってこなかったので、岡は不思議そうに首を傾げる。
「あの二人を相手にするのよねぇ?」
急に殺気が増したカミナシ二人を、岡は指し示しながら聞き返した。息吹戸は楽しそうに頷く。
「はい! 二人とも私をしっかり見ています。有難いことに狙いは私です!」
「でも……ねぇ」
言いよどむ岡に息吹戸は猛々《たけだけ》しく高揚した声をあげる。
「これは好機! この二人は途中で逃げません! ここに縛り付けておけば禍神に加勢することないし、勝てば味方になります!」
「この状況を好機と呼ぶか!」
岡は吹きだした腹を抱えて笑った。不安も恐怖もなく、今がチャンスと嬉しそうにしている息吹戸の度胸に敬服する。
「面白すぎるねぇ! ならば加勢をつけてあげる。それで何とかするといいねぇ」
岡の影から二十体の屈強な鬼が出てきた。彼らは麻で出来た山伏の服を着ており、手には錫杖と槍を握りしめている。
「仮初の命で創りだしているよぉ。貴女の命を守るようにと、貴女の命令も聞くから遠慮なく捨て駒として使って構わないねぇ。では私は先にいくねぇ」
そしてすぐ、「ここは任せた、あちらで会おう!」と言い残し、風のように去って行った。
「わあ! 援軍有難う……ってもう居ないや」
お礼が中途半端になってしまったが、岡のプレゼントを有難く受け取る。
息吹戸は山伏鬼を見渡した。背丈四メートルの鬼達。プロレスラーが服を着たような屈強な肉体をしていてとても強そうだ。しかし山伏鬼よりもカミナシ二人の方が強いだろうなと直感する。
でも数は大事だ。一人よりも二人、二人よりも二十一人の方が多彩な動きができる。それも二十人は使い捨ての肉壁だ。融通が利かないわけがない。
息吹戸は二人を眺めて、
(さぁて。二人一度は流石に無理だから、どっち先にしょうかな?)
すぐに決めた。
(よし! 勝木さんから先に正気に戻そう! その後で東護さんだ!)
「鬼さん十五人は刺股を持っている陰険なイケメンの方を。ここから少し距離を開けて、あっち方向に連れていって全力でこっちに来るのを阻止して! 残り二人は周囲のウィルオウィスプとゾンビを退治! あとは私のサポートしながら、鬼になった勝木さんね!」
山伏鬼達は「御意!」と声をハモらせると、サササっと持ち場に向かう。
息吹戸は山伏鬼達の背中を見つめながら「喋るのか!」と驚いていた。
(おっと! ツッコミしている暇はなし!)
山伏鬼達が東護に総攻撃を仕掛けた。
それに対応するため全身に水を纏う東護。
息吹戸は東護を助けようと動く勝木に駆け出しジャンプ、一気に距離を詰めて妨害する。
「勝木さんやっほー!」
「!?」
驚いて見上げる勝木の頭部めがけて遠慮なく、息吹戸は鉈を振り降ろした。
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