第14話 この神様見覚えある、ゲームで
禍神が交叉した骨を刺繍したスカートをひらりとはためかせると、こちらに足先向けた。
そして一歩踏み出したので、『私』は「げっ」と声をだした。
「神様がこっちに来た」
「なんだと!? 動ける段階まで進んでいたのか!?」
予想外だと言わんばかりに祠堂が慌てて振り返る。
奥の魔法陣に三人の黒いローブが辿りついていた。這いずったまま、杖を掲げて何かを必死に唱えていた。その声に呼応するように、半透明の蛇たちが下りてきて白いローブたちを次々と飲みこんだ。
「ああくっそ。あれだけ生贄を取り込めば中途半端でも禍神は動ける。あいつら刺し違えるつもりだ」
「わあ。それはマズイね。どんな神様が祟るんだろう」
『私』が神の姿を見るべく見上げると、それに応じるように禍神がさらに一歩踏み出した。そして下を見るように体を曲げる。
ぶわわわわわ、と風圧がくる。
反射的に目を閉じてから、薄目をあける。女神の顔が見えてパッと瞼をひらいた。
頭に蛇を置いた老婆で、片手に水瓶を抱えている。
『私』は見覚えがあった。
(……あれは、もしかしてイシュ・チェル?)
イシュ・チェルはマヤ神話の女神である。
虹の婦人・月の女神と異名をもち、洪水・虹・出産を司る神であるが、怒ると天の水瓶を用いて地上に大雨を降らせ、空の虹に助力して洪水を引き起こす破壊神、怒れる老婆である。
(ゲームでちょこちょこ名前あったから知っているけど、ギャップがすごい)
この場合のギャップは年齢である。
若い女性の姿で描かれていることが多いため、老婆で残念だと罰当たりなことが脳裏に過った。
(このチョイス。敵の出演はなんでもありってことなのかな? まぁ夢だし。深い意味なんてないか。ロックオンされてしまったけど、どうやって切り抜けようかな)
召喚失敗なのでこのままお帰り願うのが一番だが……女神はそんな気分にならなかったようだ。
目を吊り上げて見下ろすほど人間たちに怒り心頭である。巨大な老婆から睨まれる光景は悪夢そのものであった。
『ンンンンンン!』
イシュ・チェルは音のような、声のような、地響きのような音を発して、水瓶をひっくり返した。
濁った水が滝のように屋上へ注がれるが、何故か下へ落ちず、どんどん水位を上げていく。大量の水に飲み込まれては成す術なく溺死してしまうだろう。
「やっばい! これは防御一択だ!」
『私』は津賀留と小鳥をドアの奥へ投げ入れてから、
「お兄さんも中へ入って!」
「んな!?」
対処しようと手をかざした祠堂の首根っこをひょいと掴んでドアの中に投げ入れた。
祠堂は足から着地してから、『私』を非難する。
「何するんだ! 戦えないだろう!」
「戦うの無理! 影響なくなるまで防御するのみ!」
(祠堂さんはイシュ・チェルに勝てない、そして今の『私』も敵わない。でも逃げ切ればいいから勝てなくてもオッケーなんだよね! 勝機はまだある!)
召喚は不完全なのでイシュ・チェルはほどなく元の世界に還る。
攻撃を耐えきればこちらの勝ちであるから、回避もしくは無効化すればいい。それだけで侵攻をなかったことにできる。
(このビル全てがイシュ・チェルの領域。だから攻撃をしのぐならビルから脱出しなければならない。でもその時間もない。だとすれば、ここから後ろに攻撃が伝わらないようにすることだ)
『私』はドアを開いたまま、そのすぐ前に立つ。
(夢なら強い想いとイメージを明確にすれば何でもできる。今までだって出来たから今回も大丈夫。耐えるだけじゃ無理だ。神の力をはじき返すイメージがいる。はじき返すモノ、反射、バリアー……あ、鏡! 鏡ならイメージしやすい。ええと、力のある鏡、神様の力を持った鏡……)
『私』はパッと閃き、イメージから導き出される力を編み出す。
「八咫鏡!」
パァ、と目の前が白く輝くと、四メートルの大きな青銅鏡が出現した。
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