第139話 岡の優先順位
岡は少し考えるように間を空けて、躊躇いがちに頷く。
「そうだね。私がやるつもりだけど」
「ほんとですか!?」
息吹戸が期待したように目を輝かせたが、岡は複雑な表情を浮かべた。
「……でも、もしかしたら息吹戸に任せるかもしれない」
息吹戸はこけそうになった。なんとか体勢を立て直して聞き返す。
「えーと、それは何故? と聞いてもいいですか?」
岡が申し訳なさそうに頬を掻いた。
「伊奈美ちゃんの救出が優先なんだよねぇ。彼女が捕まっていたら必ず助けておかないと。それは霊魂を守るよりも、地界を守るよりも、禍神を倒すよりも最重要なのでねぇ」
そして腕を組んで、くるくる独楽のように回転しながら前進していく。
神同士の対戦を期待していた息吹戸は少しがっかりする。
(死者の国には二人の代行者ね。おそらく替えがないんだろうなぁ。人を創るよりも半神を創るほうが莫大なエネルギーを使うんだろーなー。あーあ。残念。ティタノマキアっぽいのが拝めるかもと思ったんだけど)
ティーターノマキアーとはギリシア神話で語られる神々の大戦である。
ゼウス率いるオリュンポスの神々と、クロノス率いる巨神族ティーターンの戦いで、全宇宙を崩壊させるほどであった。この大戦は終結させるのに十年もの歳月がかかっている。 長母音を省略してティタノマキアとも表記される。
(でもそんな大戦になったら、生きて帰れない気もするので別にいっか)
そう思いなおすが、やっぱり意気消沈してしまい「はあ。頑張ります」と曖昧に答えた。岡はご機嫌になる。
「流石カミナシ。禍神関しては無茶振りしても納得してくれるねぇ! 期待させておいてほんとごめんだよぅ。でも全く手を貸さないわけではないから安心してねぇ」
「まあ。元々一人で頑張る予定なので出来る範囲を頑張ります。駄目なら申し訳ありませんが、おかあさまに丸投げします。その時はしっかり応援しますね!」
正直な心境を伝えると、岡はクスクスと笑った。半神と知っても必要以上に遜る事もせず、嘘をつかないように話す『私』に好感を覚える。
「あはは。敵はこの世界に定着しているけど、通り道は辛うじて閉じていないから返還できるねぇ。私の力を扱えれば禍神を一人で返還できるはずだからヒュドラの時よりも楽だと思うねぇ」
「……ご存知でしたか」
「菩総日神から聞いている。おそらく貴女を認知したその時に一斉に代行者に通達がきたねぇ。だから大丈夫」
攻撃されないよ。と、岡は言葉の続きを口の中に収める。人間では気づかないオーラの輝き。これは代行者からすれば異界の力として認知する。
代行者は世界を維持し護る役目なので放置する者が殆どだが、稀に排除しようと手を出す者もいる。
そして岡は排除しようとする者の一人だ。事前に通達がなければ出遭った時点で潰していた。
そうならなくてよかったと、岡はホッと胸を撫で下ろす。
そんな岡の心情を知らない息吹戸は「へー」と感心したように声を出した。
「どのような通達が来たのですか?」
「それは菩総日神に問うといい。基本的に、通達は『人』には教えられないのでね」
そうですか。と息吹戸は一瞬引き下がったが
「その通達に、私がどこから来たか書いてありましか?」
少しだけ食いつくと、岡は「うーん」と声を出した。
「『ギンガから稀人きたり』だったね。ギンガとは何か私にはわからないけど。四つの異界からではないねぇ」
「銀河から……それだけわかれば十分です。有難うございます」
息吹戸はすっと引き下がった。
(銀河系宇宙からってことね。この世界はそれとは別の次元にあるってことだ。『私』はごく普通の人間だけど、何かの拍子で『息吹戸の体』に入ってしまった。だとすると転生ではなく『憑依』で確定だ)
だとすると。と、一人心地になる。
(『息吹戸瑠璃』はどこへ行った? 死者の国に来ていないとおかあさまは言った。つまり死んでいないということ。この体に眠っているのか……も)
息吹戸は考えるのをやめた。荒野の前方が光り輝いていたからだ。
変異型ウィルオウィスプが大量にいる。ネオンの明かりというよりも、何十台もの車のヘッドライトを強にして照らしているような眩しさがある。なんだか目が痛い。
(沢山いる。ここ亡者しかいないから造りたい放題っぽい)
息吹戸が目を細めると、岡はため息を吐いた。
「あいつらは鬼が相手しているから放っておこう。生者よりも被害は圧倒的に少ないから任せるねぇ」
「鬼……」
光で見えにくいが、大量のウィルオウィスプに武器を振るう鬼がいる。赤・青・緑・白黒の肌をした鬼達が各々武器をふるって光を攻撃していた。
金棒に殴られ、刺股に貫かれ、両刃のノコギリで切られ、薙刀で凪ぎ払われ、斧で打たれたウィルオウィスプ達は分裂して小さくなっていく。
鬼の物理攻撃は効くようだ。
「女性はいないんですね」
「感想がそこ? 鬼女もいるけど、彼女たちは別の事やってるねぇ」
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