第138話 方角が分からない
ちょっとだけ不機嫌そうに唇を尖らせた岡に、息吹戸はボロボロの亡者達を示して質問をした。
「異物を除去した霊魂は正常に戻るんですか?」
岡は肩をすくめる。
「すぐには戻らないねぇ。時間をあけて何度も生えてくるから。十年単位は剥ぎ取りしなきゃ駄目かねぇ」
「おおう。根深いんですね」
「霊魂の構造を改変するものだからねぇ。霊魂消滅させた方が処理が早いくらいだよ。でもそうすると世界に循環するエネルギーが欠乏するから駄目なんだよねぇ。そしてここの亡者は勿体ないことに神霊になれないんだよねぇ」
「穢れたから?」
「その通り。霊から異物を取り払っても根源が穢れてしまうから、神霊にしたら危険なんだよねぇ。だからみんなエネルギーに代わってしまうんだよねぇ」
岡が残念そうに呟く。息吹戸は少し躊躇ったがこう切り出した。
「おかあさま。先ほどから地界や死者の国についての説明が中心ですが、それは『私』にとって必要ですか? 敵の戦略を考えるよりも重要なんですか?」
岡は笑顔のまま頷いた。
「そう判断したねぇ。戦略なんて力が上回ればどうとでもなる。世界を知れば『誰か』さんの心構えが少しはできるだろうと思ってねぇ。老婆心から言わせてもらっているだけだよねぇ」
岡はやれやれと首を左右に降った。息吹戸がなんと答えていいか迷っていると。
「さて、じゃぁ本題に入ろうか」
彼女は鬱陶しそうに一際高い山のシルエットに目を向けた。息吹戸もその方向をみて、驚いて口を少し開ける。
高い山の麓の空に親指サイズで魔法陣が現れている。ここから見えるのなら相当大きな魔法陣だ。そこから光の柱が下と上に伸びている。
「あそこは……」
「少し距離があるから走るよ」
岡は亡者の雑踏を掻き分け駆け出した。息吹戸は返事をして彼女の後へ続く。
周囲の景色は荒野に近く、背の高い草木は全く生えていない。遠くに街の残骸がちらほらみえる。そして山のシルエットが四方にそびえ立っていた。
地面は石のような硬さだ。細かい砂を踏むとジャリっと音がする。足首までの草が地面からところどころ生えているが枯れているような色合いだ。
風もなく、匂いもなく、暖かさもない。
光もなく、星もなく、月もない。
そんな世界を、動物大移動のようにゆっくりと歩く亡者達。
絶望を絵画で表現しているような世界を体感した息吹戸は……。
(なんか。ビルがない都会の街を歩いている気分。ここアスファルト地面っぽい。終末映画でありそうー)
呑気に景色を堪能していた。
(でもこの場所ヤバいわー。道がわからなくなる)
しっかり堪能しているから感じる恐怖。
星も月もないため方角が分からない。周囲に目印になるようなものもない。一人で歩けば確実に迷子だ。
岡の背中をみつめる。彼女の服がほんのり発光していてシルエットがわかる。見失うことはないだろう。
岡は息吹戸のスピードとスタミナを把握したので、彼女が疲れない速度を維持する。廃墟や焼野原を駆け抜けて、グングンと山が近付いてくる。
途中で亡者が振り返り。途中で鬼達が岡に深々と会釈をする。それらに手をかざして応えながら、息吹戸に声をかけた。
「あの魔法陣、息吹戸にも見えるだろう?」
「……はい」
「あそこが死者の国を管理する代行者の住まいさ。現在、あそこで禍神が暴れている。私はねぇ。地界に弾かれちゃったからここの様子がわかんないんだよねぇ。だから伊奈美ちゃんがどうなってるかすごく心配なんだよねぇ」
「なるほど」
「本当ならもう一つの姿で走った方が遥かに速いんだけどねぇ。大きい力使うし、目立つし、音もうるさいから、敵に即バレしちゃうんだよねぇ。だから移動に疲れるかもしれないけど、走らせてもらうよぉ」
息吹戸の脳裏に恐竜もどきが過る。あの姿は遠くからでも絶対に目立つ。大きい生物だから確実に警戒される。陽動ならいいだろうが、今回の場合はダメだ。
「だからまあ。ちょーっと遠いんだけど、疲れたならおんぶするから、言ってねぇ」
「んー。このペースなら多分大丈夫だと思います。それに走るのは好都合です」
岡が振り返って「なんで?」と聞き返す。
「カミナシの二人を探さないといけないので……。禍神討伐もミッションですが、その前に二人を探し出して、従僕化してたら解除しないと……。あ、そうだ。おかあさま、一つ確認させてください」
「なにを?」
「おかあさまがここの禍神と戦ってくれるんですか?」
息吹戸はしっかりとした口調で問いかけた。
読んで頂き有難うございました。
更新は日曜日と水曜日の週二回です。
面白かったらまた読みに来てください。
物語が好みでしたら、何か反応して頂けると励みになります。