第137話 鬼の役目
息吹戸が「排除……?」と不思議そうに呟く。
岡が「あれをみて」と商店街の一角を示す。
周囲の暗闇を打ち消している場所があった。松明が炊かれて赤い光がゆらゆらと風で揺れている。
それに照らされるのは真っ赤な鬼と、真っ青な鬼と、真っ黒な鬼だ。全長三メートルの角を持つ大男は上半身裸でズボンを履いている。ゴリラのように筋肉隆々《きんにくりゅうりゅう》の肉体だ。
松明の明かりに寄ってくる亡者達は、棘があったり、皮膚の色が変色していたり、頭の形が人でなかったり、体の一部や大部分が別の生き物だったり、貝が引っ付いた渦巻き皮膚だったり。先程の亡者よりも個性的であった。
鬼は金棒を使い亡者を殴った。
鬼は斧で亡者の体の一部を削ぎ落した。
鬼は刺すまたで亡者の体の一部を潰していた。
音こそ聞こえなかったものの、かなりグロテスクな光景が息吹戸の視界に飛び込んで……。
(うわー! 本場の地獄だ!)
目を輝かせながら興味津々で見つめる。
鬼はどれも強面な風貌で、肌の色こそ違うものの、金や白の色素の薄い短髪をしている。
(鬼は獄卒ってやつだっけ? 虎のパンツは履いてないや)
虎のパンツではなく、稲妻や金魚や棘模様のハーフパンツを履いている。
(柄は個人の趣味かな? これでサングラスでもしてたら、ちょっとした水着っぽいね!)
くくくく。と声を押し殺して笑っていると、ある事に気づいた。
亡者たちは鬼をみつけると、逃げるどころか我先にと鬼の元へやってくる。そして自ら進んで身を差し出し、苦痛の表情を浮かべ泣き叫びながら大人しく鬼の折檻を受けている。
奇妙な光景だ。罰を受けているはずなのに、そうみえない。救われているようにみえる。
(あれ? よーーく見ると、鬼は亡者の体についている変なモノを引きはがしているだけだね)
鬼達は無闇矢鱈に亡者を攻撃していない。確実に体を侵食しているモノを剥ぎ取っている。
(治療とか浄化って言うんじゃないこれ。麻酔なしだから折檻と同じだろうけどもさ)
現に、異物をはぎ取られた亡者は心持すっきりした表情を浮かべて、血を滴らせながら去って行く。
「息吹戸、あれみてどー思う?」
岡がウキウキと声を弾ませて聞いてきた。
「あれ、ですか?」
亡者の数が多いので、鬼たちはあっという間に囲まれてしまった。しかし鬼達も負けていない。表情一つ変えず淡々と剥ぎ取っている。
息吹戸は笑みを浮かべて頷く。
「転化した霊魂に禍神の力があるから、その部分をもぐ事必要があるんですね。異物を強制的に分離させて霊魂を浄化する場所が死者の国の本来の役目。鬼さん責任重大で重労働だから大変だこりゃ」
岡が驚いたように目を丸くした。
「その通りだけど……あれを見てその感想?」
岡が阿鼻叫喚で鬼の折檻を受けている亡者を示すと、息吹戸は首を傾げる。
「他に何か言いようがありますか? 鬼さんお仕事頑張れーって応援するくらいですかね?」
「お仕事頑張れ? 亡者を見てもなんとも思わない? 手足もがれてるし、内臓ひっぱられてるし、頭部もがれて酷い目にあってるけど」
「実物は初めてですけど、グロ好きなので大丈夫です!」
ドヤァ! と胸を張って宣言すると、岡は鳩が豆鉄砲を食ったような表情になる。
「寧ろもっと近くでみたい! 本音を言えば、私も亡者に攻撃をして異物を引き剥がしたいっっ!」
折檻される亡者をキラキラした眼差しで眺める息吹戸に当惑しながら、岡は「そうか」と相槌を打つ。そして、変わっている。と声を出さずに呟いた。
こちらに迷い込んで来た、若しくは用事でやって来た生者はあの光景を見ると、血の気が引き怯えるか、目を背けて見ないようにするか、鬼を止めに行こうとするものだ。
こんなに爛々《らんらん》と目を輝かせて、鬼って凄いと感心する者は珍しい。というか、初めて出会った。
これが『息吹戸』の感性によるものなのか、『あちら側』の感性なのか、岡には判断が付かなかった。
とはいえ、驚くとか嫌がるリアクションを期待していたのに超現実主義の意見を聞かされるとは思っておらず、とんだ肩透かしだ。
ちょっと面白くない。と岡はガッカリした。
読んで頂き有難うございました。
更新は日曜日と水曜日の週二回です。
面白かったらまた読みに来てください。
物語が好みでしたら、何か反応して頂けると励みになります。




