第134話 『私』の能力は神鏡
岡が跳躍して息吹戸を追い越し、スタッと、坂の入り口に立つと下を覗き込む。
下の階を見下ろす目はナイフのように鋭く、殺気がかった圧が全身からほとばしる。息吹戸は生唾を飲みこんだ。
(わー。怖いー。得体のしれない恐怖だー)
ふむ。と声を出して視線を向けた時には、物騒な雰囲気は消えていた。その代わり、超ご機嫌になってるんるんと体を揺らし始める。
「坂の途中に設置していた罠も全解除になっている。ほんと手間が省けたねぇ! ついでに坂全体も解除しようと思ったのかい?」
「いいえ。静電気は全て雷でとり込んで消滅させようと思っただけでした」
「静電気?」
「ええと。呪符の属性イメージが静電気だったんで」
「理を理として捉えず、理を己の解釈に当てはめて再構成したということだね。なるほどね。ここの人間じゃ無理な発想だ。流石だよ『誰か』さん」
そして岡は柔らかく、そして悲しそうに微笑んで
「息吹戸も最後の最後に良い仕事をしたもんだ」
そう呟く。
意味が分からず「ん?」と聞き返すと、岡は首を左右に振った。
「今の私の発言は気にしないでほしい。さあ。死者の国へ向かおう。そこに探し人がいるんだろう?」
むぅ。とはぶてた子供のように眉間に少しだけ皺を寄せる息吹戸。
正直、ちょいちょい意味深な発言をしているので聞きたいことはある。しかし一つや二つではないから、質問することは憚られる。息吹戸は諦めたように頷いた。
「そうですね。急ぎましょう」
「では。私が先に降りようか」
岡が降りてから、少し距離を開けて息吹戸も坂を降りる。
(あ。洞窟だ)
穴の下は薄暗く湿った細い洞窟になっていた。横幅は縦は二・五メートル、横は一・五メートルくらい。その洞窟はややキツめの傾斜がかかっている。
死者の門で下った坂と違う点は、地面が土ではなく丸い石畳みでざらざらしていること。
等間隔に蝋燭が点てられていて、通る前に灯って、通った後に消える。
カツン、カツン、と足音がするがそれは息吹戸だけで、岡からの足音は聞こえなかった。
好奇心丸出しで目を輝かせながら洞窟を眺めた息吹戸は、前方を歩く岡に呼びかける。
「この坂が終わると死者の国なんですか?」
「そうだよ。地界に降りる坂よりも半分くらい短い。……一つの話題ならおしゃべりできる時間あるけど、どうする?」
最後に一つ質問してもいいよ。という意味だ。
「あの。鏡のこともっと詳しく。これは何の能力か分かりますか?」
息吹戸はこれ幸いとばかりに鏡のことを尋ねる。
勿論、『私』のこと、『息吹戸の本体』のことも気になるが、今後の生活において優先順位をつけるなら、まずは自分の能力の把握だ。
今までは勘で使っていたが、どのような効果を引き出せるのか詳しく知りたい。扱い方一つで吉凶が変わるなら、場面において最良の手札を選べることが可能だ。
岡は驚いて肩越しに息吹戸を見つめる。
「んんんん? まさか、知らずに使ってたの?」
息吹戸が何度か頷くと、岡はアンパン口をあけ「ありゃま」と呆れたように目を丸くすると、ゆっくりと唇を閉じて苦笑に代わる。
「誰も教えなかったんだねぇ。常識的に考えたら能力が変わるのは魂が変わると同意義だ。勘の良い奴はそれで解る。……が、潜在能力の開花という希望に変えたんだろう。可哀そうに。……さて。その力は神鏡というねぇ。神の力を取り出し鏡を依り代にして具現化する能力だねぇ」
「神鏡。そっかー。そのままなのか」
神鏡とは神聖な鏡という意味の一般名詞である。神霊のご神体として神社の本殿に祀られている鏡もあれば、または拝殿の神前に置かれている鏡もある。
三種の神器の一つである八咫の鏡も、神鏡の一つである。
「驚かないんだねぇ」
「神鏡はこちらの世界にもありますし」
岡は楽しそうに肩を震わす。くるっと息吹戸に向き直り、そのまま坂を下っていく。後ろ足で歩く彼女の動きに、転げないかちょっとだけハラハラする息吹戸。
「ふっふふっふ。そうか。ならもう一つ。息吹戸の扱う神鏡は『神の眼』に近い。あなたが鏡で写したモノは全て菩総日神の目に写る」
「マジですか! あんまいいシーン映してないよ!? っていうか、津賀留ちゃんとかばっちり映しちゃったし!」
映したのは津賀留や魔法陣や結界などだ。それがすべて視られていたという事になる。
もうちょっと眼福っぽい絵を映せばよかったと、息吹戸は両手を頬にあてて口を開ける。ムンクの叫びに似た図になる。
岡はたまらず唇に手を当てて軽く前傾姿勢になって「ぶふぅ」と噴出した。それでも彼女は後ろ足をやめないし速度も落ちない。
「笑かさないでほしいねぇ。いやいやいや。報告を兼ねて下界の様子を教えてくれる感じでみてるから大丈夫だねぇ。喜んでるよ」
「定期的お知らせメールみたいな」
息吹戸がポンと手をたたくと、「まぁ、そんな感じ」と岡は頷く。
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