第133話 さじ加減
封印テープに添って複雑な文字列があちらこちらに流れている。それは坂を半円で包み、近づく者がいると気づくと激しく点滅した。
(あーれは、なんだ?)
文字列の中に、点滅の中に、爪の先サイズの小さな生き物が漂っていることに気づく。それは目玉のついたミカヅキモで、瞳孔を全開にして息吹戸を睨みつけていた。
手を掲げて結界に触れようとすると、ザッと集まりチカチカと点滅する。あの点滅は攻撃動作だ。
(あのミカヅキモが結界を破壊する人に攻撃してるっぽい)
息吹戸は手を下ろすと、ミカヅキモはサッと散った。
結界を構成する文字列を眺める。綱引きのように太く、網目のように細かい模様が描かれた文字列がフラフープのようにぐるぐる回っている。この動きを止めれば効果は消えるはずだ。
(これは一か所でも切れば解除できるタイプっぽいね。こっちは割と簡単かも。問題は……それを守るミカヅキモかぁ)
手を近づけて集まるミカヅキモは折り紙一枚分の範囲だがその数は千は越える。
(力があっても自我がない。下位式神だね)
一つ一つ呪術で作られたモノだ。進入禁止の結界を守る護衛である。こちらを先に無力化したほうが安全だ。
(まずは実験)
一体のミカヅキモを指でピンと弾いて構成を壊す。ミカヅキモの体が文字列に化けたので凝視する。小さくて視えにくい。
『放電』と書かれていると読み解いた瞬間、文字列と化したミカヅキモを他のミカヅキモがとり込み、エネルギーを蓄積させた。
バチン! と玄に弾かれた水滴のように赤黒い雷が飛び散ってきた。
「わ!」
咄嗟に手で受け止める。
「痛った!」
傷は出来なかったが、うっすら皮膚が赤くなりヒリヒリする。まるで静電気だと息吹戸は手を撫でた。
大丈夫? と後ろで岡が声をかけるが、集中している息吹戸には聞こえていない。反応がなくても岡は特に気分を害すことない。それほど真剣なのかと逆に好感度が高くなる。
頑張れと心の中で応援しつつ、油断なく経過を見守る。万が一、即死攻撃があった場合は、岡がその身を挺して庇うつもりだ。
(んー。もう少し一度に倒す数を増やすとどうなるかな)
息吹戸は五体、十体、二十体……二百体と倒す量をポポポンと増やしてみた。一度に倒す量が多ければ多い程、放電の威力が上がる。予想はしていたので驚かない。
息吹戸は左手の平を左指で撫でながら考える。いつの間にか手の平に小さな水ぶくれが出来ていた。痛みはあるが気にしない。
(で。放電した直後に分裂して数は元に戻る。ということね。どうも進入禁止結界のエネルギーから力を得ているみたいだから、結界を停止しないとミカヅキモの活動も停止しないっぽいなー)
息吹戸は腕を組んで少しだけ首を傾げる。無表情のまま薄目で結界を眺めた。
(ミカヅキモが放電する前にテープを切ろう。攻撃が静電気っぽいから静電誘導をしよう。逆の極性の雷を使って明後日の方向に誘爆するイメージで、攻撃がそれた瞬間にテープを切る)
「鏡よ。結界を無効化して!」
等身大の青銅鏡が出てきた。鏡面に坂周囲の景色が映し出されると、鏡面が激しく光る。
光に共鳴するかのように全てのミカヅキモが弾け、太い丸太のような赤い雷の槍が鏡に突撃した。
鏡は割れることなく、鏡面の光が赤い雷をぐるりと反転させ、さらにぐるりと回転させて白い光……雷が混じりあう。もう一度だけぐるぅりと回転して結界に狙いを定めると
バリバリバリ!
耳をつんざく雷鳴が轟きながら紅白の雷が突進する。その形は大槍だ。結界に当たるとガラスコップが落ちる音を響かせて破壊した。
紅白の雷はくの字に軌道を変えて、坂に施された結界を破壊する。先程同じガラスコップが割れる音が響く。そしてそのまま坂の中に吸い込まれた。
坂の内壁に当たり跳ね返った紅白の雷は、いくつかの小さな雷に分裂し下へ落ちた。まるで細い管に沢山のスーパーボールを勢いよく投げたような不規則な軌道を描く。
雷は光の残像を残しながら徐々に遠くなり、数秒後。
ドドン!
と、鼓膜を震わせるほどの大音響が、坂を通じて地界の空気を響かせる。
余韻を残しながら音がゆっくり消えていき、静かになったところで息吹戸は苦笑した。
轟く稲妻音を聞いて心臓が早鐘に鳴り響く。恐怖ではなく単に興奮しただけだ。
(雷が落ちた。あの下にいたら大ダメージだろうな~。怖い怖い)
「あれ?」
鏡が消えた向こう側の景色が一部変化した。
マンホール穴があった部分に、三方向を土嚢で固められた地下へ続くトンネルが現れている。
「これが……坂……?」
パチパチパチ。
背後で拍手が聞こえたので振り返ると、岡は感心しながら手を叩いていた。目が合うと、親指をあげて「イイネ」と声を出す。
息吹戸はホッとして肩の力を抜く。少しだけ脱力感を覚えたのですぐに気を引き締めた。
「ここまで菩総日神の力を的確に取り出せるなんて想像以上だねぇ」
「上手く出来てよかったです!」
「的確に術の構造を見抜いて突いたから、術の発動による副作用及び反撃も不発起こらない。鏡を扱う者はごく少数いるし、いたけど、その中でも類を見ないほど相当な腕前だねぇ」
岡は手放しで喜ぶが、息吹戸は苦笑いを浮かべた。
「やっぱり的確に取り出さないと危ないですよね」
「危ないね。なんたって創造主の力をなんの委託もなく直接使っているようなものだものねぇ。過ぎたるは猶及ばざるが如し、だよ」
息吹戸は「やっぱり……」と空笑いを浮かべた。
読んで頂き有難うございました。
更新は日曜日と水曜日の週二回です。
面白かったらまた読みに来てください。
物語が好みでしたら、何か反応して頂けると励みになります。




