第132話 拒否するわけがない
「おかあさまはこのマンホールに降りたいんですか?」
息吹戸が指で穴を示すと、「マンホール……ではないよ」と岡は肩をすくめた。
「穴っぽいけど、これは坂だ。死者の国へ降りる坂だよ」
「坂……なんですか」
いまいち信じ切れていない息吹戸を眺めながら、岡はため息をつく。
現世では死者の門は二本の石柱にしめ縄の出入口が伝わっている。彼女のリアクションもわかるのだが、さっきから説明ばかりしていたので、説明すること自体に飽きてきた。
「封じられているからこんな見た目だけど本来はもう少し大きくて、堀で囲んだ塹壕みたいな形だねぇ」
塹壕とは、敵の銃砲撃から身を守るために陣地の周りに掘る穴または溝のことである。地界から死者の国へ降りる坂はこの形であった。
「地界にある全部の坂にこの結界が敷かれてあって、これがまぁ、悔しいことに私の能力じゃ解除できないだよう」
「ええ。無理だったんですか?」
「ご丁寧に死霊系を弾くように聖なる力で作ってあるのさ」
「死霊系を弾くように聖なる力で……? おかあさまは半分生きてるんだから、大丈夫なのでは?」
「え?」と岡が不思議そうに見つめてくる。
「なんで半分は生者だって分かったんだい?」
息吹戸は苦笑いを浮かべ「それは……」と口ごもる。しかしいい澱んで無言になるわけにはいかないとすぐに適当に言い訳をする。
「肌の色が二色に分かれているからそう思っただけでした! 本当にそうだったんですね! びっくりです!」
岡は自分の腕の色と足の色を見比べる。腑に落ちないような表情をして首を傾げた。
「そう、なんだ。そこから導き出すなんて……すごい推理力だねぇ」
「お褒めに預かり光栄です!」
息吹戸はにこっと微笑むが、
(神話の神様の姿に似てるからそう思った。……なんて言うわけにはいかない)
内心はちょっとドキドキしていた。
少し脱線したが話を元に戻す。
要は坂に張られた結界を息吹戸に解除してほしいということだ。となれば、岡は息吹戸の能力を知っているという事になる。
誰から聞いたかは明確だ。菩総日神であろう。
神が直接手を貸さないのは不思議であるが、世界の管理を任せているから自分たちで対応するようにと言われているかもしれない。
そのあたりは深く考えず、息吹戸は術の構造をじっくり視ながら解除方法を模索する。……間をつなげるように質問をしながら。
「聖なる力って菩総日神様の力とは違うんですか?」
「うーんとねぇ。この結界が天路世界の構造なら造作もないんだけど、他所の世界の物ってことが最大のネックでさぁ。死は穢れていて聖とは真逆の存在という概念が強く働いているわけ。すなわち、私は聖とは真逆の存在と認知されてしまっている。だから術に触れると……」
岡は垂れているテープを一本握ると赤黒い稲妻が周囲に飛び散る。テープから放電しているので、とばっちりがこない様に息吹戸は一歩下がった。
「こんな感じなんだよねぇ」
手を離すとテープからの放電は止む。ヂヂヂヂ……と静電気が名残のように流れた。
岡の手は少し焦げており湯気がたっているが、火傷した手を振る間に傷が修復された。「全く」と毒づきながら頭を掻く。
「私も降りて加勢したいけどできないから途方に暮れていたんだよねぇ。その間に死者の国から転化した亡者があちこちの坂を使って地界にあふれたうえ、死者の門まで登場しちゃうから地上に逃走を許しちゃってね。軍勢を止めるのにバタバタしてたねぇ」
でも。と、岡は息吹戸を振り返る。その目が希望に輝いていた。
「菩総日神の力を写せる息吹戸が来てくれた。すなわち結界を解除できるねぇ!」
「菩総日神様の力を借りれば、世界の理に沿って異界の術の解除が出来るから?」
岡は強く頷く。
「天路世界では菩総日神の力よりも強い術をかけることは出来ないねぇ。他所の世界で最高級の力でもだ。この世界に居る以上は菩総日神の力に勝てないねぇ。なんたって、理を創った創造主だ。彼が論理であり、彼の考えで世界は成り立つ。だって私の親だから」
ドヤァと胸を張って褒めたたえる岡。息吹戸は彼女の言葉をかみ砕く。
「天路国は菩総日神様有利のバトルフィールドということですね」
「まぁ、そんなもんだね」
岡は笑って、上目遣いでお願いポーズをやってきた。
「息吹戸、お願いできるか?」
「おかあさま絶頂可愛い。勿論やってみます!」
息吹戸はすんなり承諾した。
どのみち二人を救出するために下に降りるならば、妨害突破は必要不可欠だ。岡に出会えてよかったと巡り会わせに感謝する。
彼女がいなければ死者の国への道にたどり着けなかったはずだ。偶然にこのマンホールをみつけたとしても坂とは思わずスルーしていただろう。
岡に後退してもらって、息吹戸は穴に近づけるギリギリまで進む。
「万が一に死んだら生き返らせてあげるから、失敗恐れずどんどんやってみてねぇ!」
ウィンクする岡。
大変心強いと息吹戸は力強く頷いた。
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