第131話 通行禁止になっている坂
「何やってんだい? さ。早く通り抜けちゃおう」
先に進んでいた岡が戻ってきて、息吹戸の手を引っ張った。
「あ。すいません、考え事を」
「……。ああそうか、私が余計なことを言ったみたいだね、今は気にする必要はないよ。さあ、賑やかな商店街を見学して嫌な気分を払拭しよう!」
息吹戸を引っ張りながら、岡は商店街の中に突入する。
ごったがえす人の流れに乗った息吹戸は、ぶつからないように真っすぐ前を見た。
「わ。あーー!」
ぱちくりと瞬きを二回する。その瞳の中に好奇心という星が煌めいた。
「こ・れ・は! テンションがあがる!」
商店街は背の低いアーケードに平屋建ての建物が軒を連ねていた。
平屋建ての中に五軒の店が入っており、人が一人通れる狭い路地を挟んで、平屋建ての五軒の店が並んでいる。それが左右に並んでおり、かなり遠くまで続いていた。
殆どの店がガラスドアだったので店内が伺える。衣服店、靴店、呉服店、鮮魚店、野菜店、精肉店、雑貨店、駄菓子屋など、生活用品を扱う店が多く並び、客と店主がやりとりをしている光景もあった。
商店街を歩く人は多く、何かを買いに来たり、買って戻っていたりしている。
無音だが、そこには賑やかな喧噪が響く活気が存在していた。
馴染みのない風景を興味津々で見渡していた息吹戸に、岡が声をかける。
「ここでは死者も戸籍があってね、生者同様の生活を送ってるんだ」
「生活? それって、生前と同じようにご飯を食べたり、飲食したり?」
「そうそう。死んで間もないとその習慣が抜けないからね。少し時間が経過してくると習慣を忘れていく。食べることも飲むことも、寝ることも必要ないと理解してくるんだ。そうすると頭に選択肢が浮かぶ」
岡は三本指を立てた。
「なんか楽しいからもう少しこのまま生活を続ける。眠る。神霊の試練を受けるために修行の旅に出る」
「三つ目の志がすごい」
「三つ目の道は険しいね。百人トライして一人、修行場へ行きつくかどうかだよ。そこからさらに修行して振り落とされるから、まぁ、一万人に二人くらいは成れるかもねぇ」
「たどり着いた後に修行するんですね」
「そだね。修行をクリアすると神霊の卵だ。そこでもランク分けされて、種類別になるともうちょっと細かく分岐があるかなぁ」
「生まれ変わるというわけではないんですね」
「力の蓄積だから。どちらかといえば、沢山情報を詰め込んだフォルダを別の新しいフォルダの中にいれちゃう感じかなぁ。そして全部結合して名前を変えると、別のモノになっちゃうだろ?」
「分かったような、分からないような」
「理解する必要はないよ。どうせ蚊帳の外の話だから」
岡はニカっと笑った。
平屋建ての建物を三つほど越えた、家との間の路地に岡は進むと、人が一人通れるくらいの細い道があった。
石畳みが乱雑に埋めこまれ奥へ伸びている。その両脇に蒸気を通すパイプだったり、ごみ箱だったり、手入れされていない低い背丈の木や花壇だったり、古い室外機が置いてあった。
「この先にある」
岡の雰囲気が少し変化する。眼光が鋭くなり緊張感が漂ってきた。
息吹戸も緊張しながら「わかりました」と返事を返す。
それでも岡の足取りは全く変わらず、警戒はしていない。不思議に思いながら真っ直ぐ進むこと数分、十字路の路地についた。
真っ先に目についたのが建物同士の外壁を繋いている赤と黒で『通行禁止』と書かれたテープだ。十本ほどテープが四方に貼られ、ゴールテープのように垂れている。
「結界ですね」と息吹戸が聞くと、
「そうだよ」と岡が苦々しく頷く。
中心部分の地面に人ひとりが通れるほどの穴が開いている。マンホールのふたを閉め忘れたような光景だった。その穴の周囲に半円の透明な結界が貼られている。
「こっちも結界ですね」と息吹戸が聞くと、
「そうなんだよ」と岡が脱力しながら頷いた。
ダブル結界だ。穴に近づけさせないように四方を囲んだ結界と、穴の役割を封じる結界が貼られている。
息吹戸が眼鏡をはずしてテープを視ると、マラークダテの文字だと気づいた。
直訳すれば『死はこの場所に入るべからず』『侵入する者は裁きを食らう』と書かれている。マンホールの方は『下からの一方通行』と書かれているようだった。
「死はここから入れませんよ。下からなら通れます。っていう結界ですね。マラークダテの言葉で書かれています」
「マラークダテ。天使か悪魔の結界。なるほどねぇ。死が通れないからゾンビ達は出たらもう坂に近づけない。そして坂は下からの一方通行であるから上から通ることができないか。よく考えられているねぇ。はははは」
岡は笑いを浮かべるが目が全然笑っていない。
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