第129話 案内してくれるおかあさま
「岡、亜紗様……おかあさ様」
息吹戸は唇に手を添えた。
「なんだか、おかあさまと呼んでしまいそうです」
微苦笑しながらそう告げると、岡はきょとんとしながら瞬きを二回して、破顔した。
「そう言って欲しくて、この名前にしたんだよ! おかあさまと呼んでくれると嬉しいねえ!」
そうなのか!? というツッコミが喉まで出かかって飲み込む。冗談で言ったのに喜ばれてしまった。言い直す事ができず、息吹戸は引きつった笑みで頷く。
「分かりました。おかあさまですね」
「ありがとうありがとう!」
岡は死体を蹴飛ばしながら息吹戸をギュッと抱きしめた。着ぐるみパジャマ効果でもふっとした柔らかさに体が包みこまれる。その心地よさに反射的にぎゅっと抱きしめ返した。
まるで再会を喜ぶかのように抱擁をしたあと、岡はゆっくりと離れる。
「では。死者の国に案内しようか。そこに今回の敵がいるよぉ」
岡は歩こうとして、沢山の骸に目を止める。
「おっと、忘れていたねぇ」
スッと手をかざすと、ゾンビの残骸たちは地面にズブズブ沈んでいき、綺麗な土が顔を覗かせる。
「どうなるんですかアレ」
「仮の体を分解して死者の国に戻しただけさ。数日かけて堕ちていってまた罰を受け直すよぉ」
「罰ですか」
にやっと意地悪い笑みを浮かべる岡。
「詳しい事聞きたい?」
「めっちゃ興味あります!」
息吹戸は目を輝かせながら頷いた。
「それは嬉しいねぇ。目的地に到着するまでの隙間時間で話せたらいいけど」
「近いのですか?」
岡と一緒に公園をでると、道路を挟んだ対岸に古びた商店街がある。岡はそこを示した。
「すぐそこに見える商店街の、路地の階段へ行くだけだからすぐに着くよぉ」
「ああああ。聞く時間なさそうです」
ちょっとガッカリした息吹戸をみて岡は笑う。
「ははは。ではまたの機会にしようかねl。一瞬でもいつかはこっちに来るからねぇ。それよりも息吹戸が空腹にならない内に敵を追い払いたいから急ぐよぉ」
岡は心持ち早歩きになる。それは駆け足の速度だった。息吹戸は置いていかれないようついていく。二人は真横に並んで競歩をしているようだ。
「この世界の食べ物を食べたら、死者になってしまうからですか?」
「その通りだねぇ。でもまあ。特別サービスで生き返らせてあげるから、どうしてもっていう時は食べていいよぉ」
岡はウィンク一つ。
息吹戸ははにかんで頷いた。
「心強いです。でも死にたくないので耐えます」
生き返らせるという言葉を鵜呑みに出来ないが、やっぱり岡は女神ヘルだと確信した息吹戸だった。
広々とした公園は林が周囲をぐるりと囲っていたので、外の様子が分からなかったが。
公園から出ると、大正レトロの建物と外壁を大壁にした土蔵造りや外壁を板壁にした真壁造りの建物が道路や歩道に添って並んでいる。
と思えば、三階までのコンクリートビルや集合住宅、一戸建てもあった。
明治の建築と現代の建築がミックスされている光景が広がる。
(建物の時代背景めちゃくちゃだけど、これはこれで楽しそう)
好奇心丸出しで周囲に気を取られている息吹戸を迷子にさせないよう、岡は笑みを浮かべながら手招きをする。
「迷わないようにね。こっちだよ」
促され、はい。と返事をしてから息吹戸は岡の真横に並んで歩く。
(それにしても明るい)
周囲を見るには全く困らない明るさで、寒くも熱くもない丁度良い気温。湿気もないが感想もしていない快適室温。
ほんのり夕焼けの空色グラデーション空には太陽も雲も星もない。風もなければ、鳥や動物の声、人の歩く音、生活音もない。
岡が歩道を歩く。息吹戸もそれに倣って歩く。
歩道や道路はアスファルトで固められ、ガードレールが道を別けていた。
歩道を歩く人々は年齢も性別も様々な老若男女。全員、穏やかな表情を浮かべ、一言も声を漏らさず静かに歩いていた。陰気臭い様子は一切なく、ただ言葉を忘れているだけのようだ。
息吹戸は視線をあちこち飛ばしながら、異様な光景を目の当たりにして半眼になる。
(ううん派手というか。もはやカオス空間に……)
歩道を歩く老若男女は身につけている衣服が超個性的だ。普通のフォーマルな姿もあるが、それ以外にもコスプレをしている人、顔中にペイントしている人、プラカードを持っている人など。見た目の個性が強すぎた。
あまりジロジロみては失礼だと思いつつも、どうしても服装に視線が泳いでしまう。
それに気づいた岡が彼らを示した。
「気になってるみたいだねぇ。あれは『生前実はこれがやりたかった!』っていう、自己主張みたいなもんだねぇ」
「自己主張」と息吹戸が棒読みで呟く。
「まあ。意識が肉体を構成しているだけ。誰もいない映画館で映像を写し続ける壊れかけの映写機みたいなものさ。ネガが途切れるか、電力が途切れればそこで終わり。彼らも同じ。そのうち消えてしまうよ」
へえ。と相槌を打ち、古い例えだなぁ、と苦笑いしてしまった。
「じゃあ。此処にいる人達は幽霊?」
「肉体から創られた意識の……精神の塊だけど。まあ。霊で良いと思う」
息吹戸は不思議そうに岡を見る。
「……もしや魂と呼ぶ感じですか?」
「『貴女』が意識の塊を魂と言うなら、彼らは魂だ」
拘りなく言い直す岡に、息吹戸は理解できないと首を傾げた。
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