第126話 着ぐるみパジャマを着た女性
万が一、ゾンビが坂を目指したら仕留めよう。
ぬいぐるみっぽいのモノが坂を目指したら戦おう。
そう結論付けて、息吹戸は遊具の陰に隠れて潜み成り行きを見守る。
ゾンビは天路国に出てくるタイプよりも狂暴化している。唇は奥歯まで裂け尖った歯の隙間から緑色の唾液を垂らしている。
白く濁った黒目は爛々《らんらん》と輝き、獲物、この場合は恐竜っぽいぬいぐるみに注がれており、両手を振り上げながら猛スピードで駆け寄っていた。
「うううううああああああ」
しかしゾンビはゾンビ。雄たけびに覇気がなく、強風が吹けば消えてしまう囁き声だった。
(ふぅむ。強化ゾンビって感じだね。死者の国だから元気がいいのかな? 動きはノーマルゾンビに毛が生えたようなものだけど)
この程度ならば、息吹戸一人で十二分に対応できる。
問題は『アレだ』と両眉をあげながら見据えた。
「グギャアアアアアアアアアアアアア」
集団で齧りつこうとしたゾンビを、恐竜っぽいぬいぐるみは六本の腕を振って空中へ飛ばす。
すぽぽぽーんと軽快に飛んで行くゾンビ達。
恐竜っぽいぬいぐるみの腕は鋭い刃がついているので、触れるだけでゾンビの体が寸断されてしまい、肉片が宙を舞っている。
そのため、ドシャドシャと地面に落ちる肉片の鈍い音がBGMのように流れていた。
(いいね。B級怪獣映画を見たくなっちゃった)
危険視はしているものの今は害がないので、息吹戸は映画観賞中のようにまったりした態度で堪能する。
五分ほど経過しただろうか。
大勢のゾンビ達は、バラバラにされて地面に屍の山を築いた。百は超えていたかもしれない。ミンチに近い状態でバラバラにされて地面に転がっている光景は、控えめに言っても地獄絵図だ。遊具に腐った血肉が飛び散っているので、悪臭が漂う。常人だと発狂するレベルである。
屍が散らばる景色の中央に恐竜っぽいぬいぐるみが佇んでいた。
(声をかけるなら今かなぁ)
息吹戸は恐竜っぽいぬいぐるみを見上げながら数歩進むと、恐竜っぽいぬいぐるみが肩越しに息吹戸を見下ろした。
澄んだ青い目が驚いたような光を見せたが、こちらに敵意はなかった。
綺麗な目だなと思いながら、息吹戸は手を振って「こんにちは~」と明るく呼びかけた。
「怪しい者ではないんです。天路国から来ました。行方不明二名の探索及び救出任務です。カミナシの東護さんと勝木さんなんですが……。あ、なんか冷たそうなイケメンと、暑苦しいマッチョな男性なんですけど、みてませんかー?」
恐竜っぽいぬいぐるみは息吹戸に向き直る。おもむろに左右の手で頭部を持ちあげて浮かせる。
(あれって外せるんだ!?)
びっくりして目を丸くした息吹戸の前で、恐竜っぽいぬいぐるみ全体が強烈な光に包まれた。
眩しくて目を細める。
すぐに光が収まった。
目をシパシパさせると、巨大な恐竜ぬいぐるみがいた場所に十代後半の女性が苦笑を浮かべて立っていた。
「すまないねぇ。あの姿は人語が離せないから。目は大丈夫かい?」
息吹戸は容姿よりもまず、彼女の服装に目が止まった。
(あれは……着ぐるみパジャマ?)
彼女は恐竜の着ぐるみスカートパジャマを着て、膝から下は生足で、素足にサンダルを履いていた。深夜にちょっとそこの自動販売機で飲物を買うようなラフな姿だ。
服装を確認してから、やっと、女性の身体の特徴に目を向ける。
(あれ、肌の色が……)
スカートから覗く女性の両足の皮膚は緑がかった黒色をしていた。そして所々、陥没している。
一瞬、足が壊死しているのかと思って眉をしかめたが。
「地界にいらっしゃい。カミナシの人間を探しているのなら、あなたもカミナシなんだろう? こんなとこまで大変だねぇ」
女性はスタスタと軽快に歩いている。見た目は兎も角、元気な足のようだ。
(あまり足ばかり見るのも失礼だね)
と、息吹戸は直ぐに視線をあげて笑顔を浮かべた。
「初めまして」
息吹戸が挨拶をすると、女性が髪をかき上げた。
金色のくせっ毛が強いショートカットが手櫛で揺れる。
色素の薄い肌に太めの眉毛がキリッと整っていて、くりっとした大きな青い目が柔和な光を宿していた。
真っ直ぐに伸びた鼻すじの下に艶やかな赤い唇が、親愛そうな笑みを浮かべている。
「初めまして。こんなとこまで来るなんて、度胸があるねぇ。初っ端がこんな光景でびっくりしただろうねぇ。お宅はいつ死んだんだい?」
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