第125話 暴れる恐竜ぬいぐるみ
・死者の世界は二層ある・
門の向こうは岩と土の洞窟になっていて、ゆっくりとした下り坂になっている。壁も天井も灯がないのに、洞窟内は夕焼けのようにほんのり明るかった。
(わぁ。下り坂。ますます黄泉比良坂だね)
転ばないように気を付けながら、できるだけ早く坂を下りていく。
ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっと下りていく。
変わらない景色、変わらない温度、無音。
空気の動きさえ止まっているような、永久の迷路に迷い込んだような。
足を動かしているにも関わらず、進んでいるのか止まっているのか……それすらも混乱する。
息吹戸に少しだけ焦りが出始めた。
この感覚は初めてこの世界に来た時に似ている。
時間が圧している。急いで。急いで。
早く、行かないと。
(どのくらい降りればいいんだろう? 急いだ方がいいかな? この世よりもあの世の方が時間の流れが緩やかと言われてるけど、逆だったらヤバイからやっぱ走ろう)
先ほどよりも速度を上げた。転げたら受け身をとればいい、と走る。
走れば少しだけ景色の動きが把握できた。坂を下りるのにスピードが必要ならいくらでもだそう。そんな気持ちで前方を見つめる。
「おかしいな」
なだらかな下り坂の先に影はない。アンデッドはこの坂を上ってきたはずなのに姿が一つもない。
それは現世の彼雁が行った『祀り縫い』の効果だが、それを息吹戸が知る術はない。
(ここで出会うのも嫌だから別にいいんだけど)
衣服が汚れるから嫌、という意味である。戦うだけならば狭い道も大歓迎だ。
息吹戸は坂を下る。
やがて小さな光が見えた。
あれが出口だろうと、一気にスピードを上げる。膝を痛めないように、足先がひっかかってこけないように、注意しながら歩幅を大きくして一気に走り抜けた。
ひんやりとした、黄昏時の空気が全身を包む。
夕焼雲と木々のシルエットがパノラマに広がった。
狭い道からの開放感、そして地界へ到着した達成感が息吹戸の心を占めた。
不安から荒くなった呼吸を整えて、後ろを振り返ると石柱が二本あった。赤い透明なレースに包まれて飾りつけされている。
それを見て息吹戸は歯を見せるほど笑みを浮かべた。
(デコレーションされてる!)
不気味な死者の門がきれいに飾り付けられ、そのアンバランスに少しだけ笑うと、すぐに周囲を確認した。
着地した所は土や芝生がある広々とした公園だった。それもごく最近作られたような現代風の公園。
(予想外。てっきりどっかの山の中とか、川の傍とか思っていたけど。これはまぁ)
息吹戸は腕を組んで悩むと、ふと、耳が雑音を拾った。
それは悲鳴でもあり、装甲車が走るような音でもある。
興味を惹かれ、警戒しながらそこへ移動する。
ほんの数メートルしか離れていないので舞台は公園内だ。ジャングルジムや回転遊具、滑り台などの公園特有の遊具があちこちに設置されている。
その中で子供が遊んでいる……わけではなく、
「ああああああああ」
「うああああああああああ」
「ギャシュアアアアアアアアア!」
巨大な恐竜のぬいぐるみっぽいモノが大暴れをして、大量のゾンビを蹴散らしていた。
身を潜めた息吹戸は、半眼でその光景を眺める。
「一瞬どうしようって思ったけど、ちゃんと地界についたみたいだね」
悲鳴と雄叫びが息吹戸の鼓膜を震わせ、大地の震動で体が少し揺れてしまう。
蹴散らされたゾンビ達は四肢を砕かれ、血しぶきが大地を濡らし、屍を積み上げていく。
怪獣VSゾンビの大軍という、誰が喜ぶか分からないコアな映画の撮影に紛れ込んだような気分になった。
「あれなんだろうなぁ……」
蹴散らしている存在を見上げた。
恐竜のぬいぐるみっぽいモノは直径三メートルほどで、Tレックスのような形をしていた。
肩には風船のように膨らんだ手が四本ある。
背骨に沿って突起物があり、形はひし形や四角など様々だ。
足は風船のように膨らんだカンガルーの足に見え、尻尾は爬虫類で長かった。
腹部にはエビのような足が付いており、カサカサ動いている。
それらの姿がリアル寄りというよりも、ぬいぐるみ寄りにデフォルメされており、パステルカラー系で緑や黄色などに統一されている。
そのため不気味さが弱まり、変な動くぬいぐるみという感想を持てた。
(でもまあ、可愛いって言われれば可愛い部類なのかも?)
でもこれを見つけて、レジに運ぼうとは思わないぬいぐるみだ。
(そもそも。なにこれ?)
キメラ系の生き物なのか、それとも術なのか。
現状では判断できず答えが出ないので考えるのをやめる。
(もう少し様子見)
敵か味方か、接触してみるまで保留。戦闘が終了したら声をかけてみようとタイミングを計る。
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