第124話 選択肢の追加
「息吹戸。一つだけ忠告です」
彫石から真面目な口調で呼ばれ、息吹戸は瞬きをした。
「勝木さんや東護が連れ戻せない。そう貴女が判断した時は、速やかに一人で帰還してください」
キッパリと言い放った姿に強い意志を感じさせる。
「それは。二人を見捨てるということですか?」
「その通りです」
「二人失うと、カミナシの被害大きいのでは?」
「これ以上、被害を大きくしたくありません」
「……」
息吹戸に『東護と勝木を放置して帰還する』という選択肢はないが、現場で何が起こるかわからない。
その選択肢が必要になることもあるはずだ。
不本意であってもそれを選択する瞬間があるかもしれないと考え、息吹戸は嫌そうに顔をゆがめた。
サブミッションとも必ず成功させたい。『ゲームであってゲームではない現実』は、その選択肢を行えば二人を見殺し、もしくは、殺害してしまうことを示唆する。
それをしてもいいと、彫石は伝えているのだ。
彼の気持ちも十二分に理解できる。これ以上の被害を増やさないように、息吹戸に降りかかる災難を最小限にしたいだけだ。
最悪の展開を念頭に置いているからこそ、その選択肢を与えた。
ふふ。と息吹戸は挑発するように目を細めた。
「二人を絶対に、何が何でも連れて帰ってこい、くらい言ってほしいものですね」
「もちろん、救出することに最善を尽くしてください。……ですが、今の貴女は見捨てる選択肢を与えておかないと危うい。そう思っただけです」
息吹戸について、彫石も彼雁と同じ印象を受けていた。
記憶をなくす前ならこのような心配はしなかっただろう。目的のために己の命を第一に考え、余分なものを無慈悲に切り捨ててきた姿が浮かぶ。
しかし今はどうだろうか。おそらくは、己の命が尽きるまで彼らを助けようとする。
命のやり取りを嬉々として行い、その結果、負けて死んでも後悔しないだろうと容易に想像がついた。
己の生に価値を見出していない、危険で愚かなタイプだ。
彼らの深い考えなど知る由もない息吹戸は、頭を傾けながら腕を組む。
「……頭の隅に留めておきます」
納得いかないがそれも一つの結果だ。と、選択肢の一つとして了承する。
「でも、サブミッションもコンプリートしたいので、頑張りますよ! 期待して待っててくださいね!」
死地に赴くような緊張感はなく、あくまでも、任務にあたる時の程よい緊張感を孕ませた息吹戸に頼もしさを感じ、彫石は少しだけ緊張を緩めて頷いた。
「宜しい。二人を頼みました。貴女の思うように扱ってください」
「はい!」
息吹戸は死者の門を見上げ、「へへへ」と頬を緩めた。
一度だけ振り返って
「行ってきまーす!」
鼻歌交じりで颯爽とくぐって走って行った。
スッと姿が消えてしまうと、気配も何も感じられなくなる。
三人は無言で見送って、数秒経過した。
最初に声を出したのは彼雁だ。ドン引きして顔色が悪くなっている。
「うっわ。本当に楽しそうに逝ってるんだけど……」
「彼雁。術の安定をお願いします。こうなってしまったら最低限、彼女の損失だけは避けなければ。一課の戦力をこれ以上失うわけにはいきません」
「任せてください。絶対に維持します」
彼雁は力強く頷いて糸を紡ぐ。くるくる、くるくる。糸は薄い布になりその上に刺繍が浮かび上がる。
一枚の布になった糸は死者の門にふんわり降りると、圧縮をかけたようにキュッと引っ付く。そして煌びやかに輝いた。
「よし。祀り縫い完了です」
「では、私は部長に経緯の報告と二課へ追加要請を行ってきます。数メートル先に居ますのでなにかあれば」
彫石が移動する。死者の門の影響でリアンウォッチが誤作動をおこしてしまい、通信機能が停止している。正常に動く位置をみつけようとうろうろし始めた。
「俺も上司に報告してくる。おそらく集合をかけられるから一端ここから離れるが……護衛が必要なら無視してここにいるぞ」
「ありがとう祠堂さん。でも大丈夫。僕は門を維持しながら通行の制限もしてます。向こうからやってくるアンデッドも封じているからこれ以上敵がくることない、はずです」
「はず、か」
「はい。何かあればその時は頼りにさせてください」
「わかった」
祠堂が駆け足で去っていく。
彼雁は二人を見送ると石柱に視線を戻し、スッと憂い顔になる。
「息吹戸さん……絶対に東護さんと勝木さんを連れ戻してください。頼みます。……そして、困ったときだけ頼ってしまいすみません。力不足ですいません」
誰にも聞こえない声で呟いた。
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