第122話 誰が行くかは決まっています
彼雁はちらっと祠堂を盗み見する。彼は息吹戸の記憶喪失を知らない。ここで暴露するのもどうかなと考えて、無難な言い方を選んだ。怒られないように細心の注意を払っていく。
「あの、息吹戸さん。ご、ご存じと思いますがあえて説明すると、死者の門は神出鬼没なんです。閉じるのはたやすいんですが……時間経過で消滅しますし……、ほんと、閉じるのは楽なんです。でも、出現するのが難しくて……一度閉じるとどこに出現するのかわかりません。そして出る時期もわかりません」
うんうん、と頷く息吹戸をみて、彼雁はゆっくり胸を撫で下ろす。殴られなくて済みそうだ。この話し方なら大丈夫だと踏んで、少し活舌が滑らかになる。
「今から僕が死者の門を一時的に固定して安定させます。そうすることで退路を確保できますので、あちらで門を探す必要がなくなります。過去に降りた者の記録によると、街並みの変化は激しいそうですが、数年に一度らしいので、道筋をしっかり覚えていれば大丈夫かと」
今のところ彫石から横やりがない。説明内容は大丈夫そうだと別の意味でホッとする。
「注意事項として、地界の食べ物や飲み物を決して口にしないこと、この一点です。天路国に戻って来られないといわれています」
「まさに黄泉の国」
息吹戸が納得したように頷くと、「死者の国ですからね」と彫石に速攻で修正された。
「説明はそのくらいでいいでしょう。『通る道を覚えて迷わないようにする』と『飲食をしない』。この二点をしっかり心に留めてください。……そして、息吹戸には命綱をつけてもらいます」
「命綱?」と聞き返すと、彫石は彼雁を示す。
「彼雁がもつ能力の一つ『魂留め』を行います」
彼雁が「ぅえ!?」と変な声を上げた。
魂留めは霊魂の一部を地にひっかけて止めておき、戻るときにその位置まで誘導する術である。糸の長さや強度は彼雁の体調や神通力の強さで決まる。
「魂留めですか!? 確かにできますけど、この糸が死者の国に通用するかどうか」
「通用させて下さい。彼女の生存を限りなく上げるためです」
予想外の指示に彼雁はがっくりと肩を落とす。確かに能力でスタート地点を固定しておけばスムーズに帰れる。一人ではなく全員で。
ただ、不安要素は地界及び死者の国に通用するかどうかだ。同じ天路世界とはいえあそこは平衡世界である。ちょっとした法則の違いで不発も起こりえる。
しかし背に腹はかえられない。打てる手は必ず打つ。それがカミナシの方針だ。
「うううう。分かりました……。死者の門の固定が緩くなるかもしれない……」
「甘えないでください。同時に強固です」
「鬼ですかっっ!」
彼雁は牙を剥きながら怒鳴る。しかし彫石は涼しそうな顔をして当然のように言い放った。
「やってください。このような場合に最大限発揮する能力です。大切な局面、今やらないでいつやるのですか?」
「やりますとも! 分かってますとも! あーもう、頑張りますよお!」
血反吐を吐くような勢いで叫んだあと、彼雁は「でも」と申し訳なさそうに付け加える。
「それでしたら一人しか送れません。彫石さんはここで待機になります」
「私は元から行く気はありません」
「まじか!」と彼雁はツッコミ口調で叫んだ。叫んだあと我に返って「あ。いえ、すいません」と平謝りする。
「てっきり追いかけると思って…………」
まさか死者の国だから行きたくないのか、と彼雁の脳裏のよぎった。彼の数秒の沈黙の意味を正確に理解した彫石は咳払いをする。
「捜索および救助に向かいたい気持ちは強いです。しかし……私では東護や勝木さんに勝てるかどうか分かりません。あの二人に中途半端な術は諫めるどころか煽るだけです。足手まといとなると分かっているので初めから行きません」
「ああ。そうですね。東護さんが暴走したら僕たちには手に負えません。勝木さんも……イノシシと熊とカンガルーの良いとこどりした強さですし……無理」
彼雁は両手で顔を覆った。彫石の和魂は中級レベルで後方支援系、彼雁は攻撃手段を持たない特殊能力及び防御系だ。
対して、東護と勝木は攻撃系オールラウンダーである。詳しく分けるなら東護はスペシャリストになり、勝木はゼネラリストだ。二人とも周囲をよく観察し瞬時に判断して攻撃防御を展開する。
小細工を行って出し抜けるかどうかも危うい。火力で押し切られる可能性の方が高い。
「今のこの場に章都さんや糸崎さんがいれば、多少は違うんですが……」
章都は攻撃系のスペシャリスト。糸崎は攻撃系のエキスパート。対人系ではなく禍神儀式に対して力を発揮するタイプなので、対人戦に少々弱いが、それでも彫石や彼雁よりは攻撃センスが格段に高い。
「まぁ、間に合わないでしょうね。こうやって話している時間も惜しいですが……意識を改善させる必要があるんです」
「時間が惜しいなら、じゃあもう行ってもいいですか?」
息吹戸が死者の門をチラチラ見ながらそわそわと体を動かしている。まるで遊びにいってもいいかと急かす子供のようだった。
「もう二分待ちなさい。確認がまだ終わってません」
さらりと言った彫石に、お預けを食らったように残念そうに「はあい」と返事をして、息吹戸は落ち着きを取り戻す。親子のようなやり取りに思えて、彼雁は何とも言えない表情を浮かべる。
「ううん。まぁ、息吹戸さんが向かうなら、大丈夫でしょうけど……でも一人だなんて」
危険では、と言いかけて彼雁は黙る。
息吹戸は攻撃防御系のゼネラリストだ。屈曲な肉体、膨大な神通力、最上級の火力を持ち、攻撃だけではなく防御に精通している。彼女の和魂は白拍子。白拍子が五つの属性を扱うだけにとどまらず、式神すらも生み出せる異端の力が備わっている。
今は和魂の能力が使われずもっぱら肉弾戦に持ち込んでいるが、多彩な知識と経験をもって多角的に物事を視る能力が飛躍的に向上している。
和魂の力を使わずとも、連携をとらなくても、最小限の被害で事態の終息を図っていた。
「もしかして、息吹戸さんを一人で行かせる理由って……」
東護さんと勝木さんの生存率を上げるためですか?
そんな憶測を込めながら彼雁は彫石を見つめる。しかし彼は祠堂に話しかけていて視線に気づいていない。
「祠堂。この件はまだカミナシの管轄です。貴方を死者の国に行かせることは出来ません」
「わかっている」
祠堂は少し残念そうに頷くと、彫石は意外そうに瞬きをする。
「おや? もう猪突猛進ではないのですね。一から説明しなくて済んで助かりました」
「猪突……っっく、ほんっと彫石さんはいつまで経っても忘れねぇな!」
「ええ。まぁ。忘れられませんね。本当にね」
二人が出会ってかれこれ六年経過する。その間にいろいろあった。良いことも悪いことも。人間、悪いことの記憶の方が鮮明に覚えているものだ。その時の感情も一緒に。
読んで頂き有難うございました。
更新は日曜日と水曜日の週二回です。
面白かったらまた読みに来てください。
物語が好みでしたら、何か反応して頂けると励みになります。




