第12話 全員は助けない
祠堂の突然の手の平返しに吃驚したものの、
(急に怒ったから知らず知らずのうちに煽ったのかも。そんなつもりはないけど嬉しい誤算ということで。きっと煽りに弱いちょろいタイプだ)
良い方向に転んだため『私』は内心ガッツポーズをする。
そして屋上に出るタイミングを窺うべく戦場を観察した。
祠堂は全速力で手前の魔法陣まで走ると、威嚇するように怒鳴った。
「おっらあああああ! 儀式やるんじゃねーって言ってんだろーが! 首謀者は誰だ!」
突然の祠堂に出現に驚き、黒いローブたちはビクッと肩を震わせて狼狽した。誰もが仲間の顔色を窺って右往左往している。そこへ奥側の魔法陣の外側に立っている黒いローブが、鼓舞するように声を張り上げた。
「アメミットの祠堂だ! 計画がばれたが、儀式は間もなく完成する。邪魔をさせるな、すぐに始末しろ!」
すると他の黒いローブたちが陣形を崩して祠堂に群がった。
杖を振りかざして攻撃体勢をとり、小声で短い呪文を唱えると、バケツ一杯分ほどの水の渦が発生した。
「ティラール・グラキエースリオート!」
七人分の声がハモると、渦からとげ立ったゴルフボールほどの水球がいくつも出現し、矢のような軌道を描いて祠堂に襲い掛かった。
「はっ、この程度か!」
祠堂は鼻で笑いながら手を前にかざした。鳥の声と共に風の渦が盾のように広がると、水球を全て受け止めてから一気に跳ね返した。黒いローブたちは悲鳴を上げながら不格好な足取りで逃げる。
「ティラール・グラキエースリオート……ぎゃあ!?」
再び水球を投げつけるものの、あっさりと跳ね返されてしまい、黒いローブたちに動揺が走った。勝てないと分かると、先頭を交互に変えつつ後退していく。
祠堂は魔法陣から黒いローブたちを遠ざけるため、方向を考えながら攻撃を跳ね返す。その甲斐あって黒いローブたちを左の隅に追い込むことができた。
強力な術者はいないと感じて、辜忌全員を生け捕りにする案が浮かぶ。
「ん?」
だが、薄い影が降ってきたことで禍神の存在を思い出し、すぐに上空を見上げる。
天から一直線に、人を丸のみ出来るほどの透明な蛇が降って来た。大きく口を開けて祠堂を飲み込まんとしている。祠堂はひょいっと軽やかにかわして小手を振り、蛇の首と胴を切断した。
(わぁ。お兄さんつよーい、よし、いっくぞー!)
祠堂が敵を左側に誘導して魔法陣から移動させたタイミングで、『私』は駆け出した。まずは奥の魔法陣にいる白いローブたちの元へ向かう。
ゴォウ、と風を切る音が耳に響くと、あっという間に到着した。勢いを消すため急ブレーキをかける。
白いフードたちは縄で腕と胴体を縛られ、地面にお尻をつけて座っていた。
縄以外に拘束具はない。それなにの何故逃げないのか不思議であったが、そこを深く追求することはなかった。『私』は片っ端から白いフードを外して津賀留を探す。
最初は身覚えがない男性、水色のマーブル模様が素肌を浸食している。
「た、たすけ……」
聞こえなかったことにしてフードを被せて隣へ。
次は女性、肌がマーブル模様になっている。言葉を発する前にフードを被せて先に進む。
すすり泣く声や呪うような言葉が聞こえるが、『私』は何も感じない。全員を助けられないのは初めから分かっているので、生贄たちに呪われようが罵倒されようがどうでもよかった。
(下手に全員救出って思うと失敗するのよね。不思議とね)
囮になっている祠堂も心配だ。すぐにはやられないだろうが、時間がかかればそれだけ負担がのしかかる。
(津賀留ちゃんさえ回収すれば、後はどうとでもなるはず)
そう思っているので、フードをとるたびに懇願する声を完全に無視する。
奥の魔法陣に居なかったので手前の魔法陣に狙いを変える。『私』の動きに気づいた黒いフードたちの一人が、慌てたように杖の先を天に振り上げた。
「っっ!」
フードをとる。六人目は若い女性だ。
十代後半、ラベンダーブラウンのセミロングが若干濡れている。愛らしい顔をしているが、肌の色はマーブル模様だ。まるっとした目が涙を湛えて、こちらをみて一瞬怯えたが、『私』をみて驚いたように瞬きをした。
『私』が「あ!」と声を出す。
(見覚えがある。間違いない、彼女だ!)
「あなたが津賀留ちゃん、だよね?」
呼びかけると、津賀留は「は、い。そ……です」とくぐもった言葉を発して、すぐには激sく咳き込んだ。口から青い泡が噴き出て白いローブを青く染める。
「ひ、い、ぶきど、さん、ど、してここ、に」
津賀留は喉を押さえながら声を出すたびに、ごぼごぼという音が喉の奥から響いている。その音を聞いた『私』は、まるで溺れているようだと眉をひそめた。
「助けに来たよ。早く逃げよう!」
色々気になる点はあるものの、まずはこの場から脱出するのが最優先である。
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