第118話 気に病む必要はない
彫石は兄から聞いた情報を伝える。
霊魂は転化した者たちで構成されている。転化した者の霊魂は本来なら消滅するが、それを蘇らせた者がいる。
一体では実体化出来なかったため、安定するまで霊魂が連結される。ウィルオウィスプと名を与えられ役割を得る。
『大切な人間を探しだすこと』
『発見がトリガーとなり相手に精神操作術が発動させること』
『人間を死者の国に連れてくること』
この三つを目的として徘徊する。
精神操作された人間はウィルオウィスプを親しい人間と思い込み、共に行動する。
ウィルオウィスプが作られたのは死者の国。
沢山のウィルオウィスプが創られたが、死を管理する者によって半分以上消滅した。
話を聞いていた彼雁の目尻うっすら涙が浮かぶ。やりきれない気持ちで一杯だ。
「東護さんは家族全員。勝木さんは婚約者を。禍神の事件で亡くしていたはずです。そこをつけ込まれて……」
「ええ。私も兄と父親を亡くしている。彼雁、貴方が引き止めなかったら、間違いなく最初の段階で操られていたはずです。本当に助かりました」
「いえ……全員助けられなくて、俺の落ち度です」
彼雁は火傷した左腕に触れる。皮膚が焼けただれてズキズキと痛む。それがそのまま心の痛みになる。
異変を感じてすぐに糸を使って三人を絡め取り動きを封じたまでは良かった。ウィルオウィスプを数体撃退できたのも良かった。ただ一つ誤算だったのが。
『妹に手を出すな』
獣の威嚇のような声を放った東護。彼から殺気を当てられた瞬間、恐怖で体が動かなくなった。
操作していた糸が緩んだ隙に酸性の水が飛んでくる。服と腕が溶けていく。悲鳴をあげながら転がって液体を地面になすりつけた。
糸の拘束がブチブチ切れていくのが解るが、先ずはこれ以上ダメージを負わない事を優先した。
痛みに呻きながら顔を上げると、東護と勝木が全速力で走り去っていく。追いつけないほどの速さだ。
悔しくて下唇を噛んだところで彫石がまだ糸に絡まっていることに気づいた。
彼だけは逃せないと、拘束が解けた瞬間抱きついて走るのを阻止する。
『離しなさい! 兄の元へいかねば! あそこにいるんです!』
押されたり叩かれたしたが、攻撃タイプでないのが幸いして、彼雁でもなんとか抑え込むことできた。
あとはウィルオウィスプに牽制をしながら正気に戻るまで待った。
あと一歩が足りなかった。
もうすこし術が強固だったら東護の動きも押さえられたはずだ。
己の未熟さが悔しくてたまらない。
「彼雁はよくやったと思うぞ」
後悔の念に囚われた彼雁に声をかけたのは祠堂だ。頼りになる人物が敵に回る恐怖と憤りを何度も体験している。怪我をしているが五体満足な上に一人回収できたのなら御の字だと、純粋に労う。
祠堂のような力があれば、そう切望しながらも、彼雁は泣きそうな気持ちを堪えて弱々しい笑顔を浮かべる。
「……ありがとう、ございます」
「正直な話。彼雁にあの二人を止められるとは思っていませんので、命があっただけ上出来です。ですから、あまり気に病む必要はありません。特に暴走して周囲が見えない東護は『害』そのものです。自分の実力が足りないと感じたのならば常に精進すればいい。貴方が生きているうちに止められるようになるかもしれませんから」
そこへトドメと言わんばかりに彫石は傷口に塩を塗り込む。もちろん悪気は一切ない。
彼雁はがっくりと肩を落として弱弱しい声をあげる。
「それもそれで傷つきます……」
励まそうとして失敗したようだ。そう彫石は思ったが、これ以上の言葉を綴っても逆効果だなと感じて話を変える。
「ウィルオウィスプ出現が結界内ということがまだ幸いです。ただ。連れ去られた人物が問題ですね」
そしてチラッと息吹戸を見る。彼女はまだ万華鏡を見つめていた。
「息吹戸。話に加わりなさい。貴女しか頼めない案件が発生しています」
「りょ」と息吹戸は小さく返事を返す。
「丁度、ウィルオウィスプの消滅を確認しました。この中に閉じ込めれば自動的に消滅してくれるようです。やったね、これは楽かも」
そう言って振り返る。楽しい映画でも見たようにうっすら口角をあげて歩いてくる。ある程度近づくと、息吹戸は片手を何気なく腰に置き、「で?」と催促する。
「私の新サブミッションはなんですか?」
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