第114話 中身が分かって笑う
「そろそろ回復してもいいんじゃない?」
と不満そうに呟く。
接近によるリアクションを期待したが、点滅を繰り返しているだけで何も起こらない。肩透かしもいいとこだ。
(発動イメージどうっしよっかなー。このウィルオウィスプは本当に彫石さんのお兄さんなのか知りたいから。…………この場合のイメージは、真実を映し出す、だね)
「鏡よ。真実を写して」
等身大の巨大な万華鏡が出現した。直径五メートルの円、八メートルほど長さの筒にクロタネソウの柄が刺繍されている。
巨大すぎて全員の目が釘付けになった。
(うっわー。綺麗だけど大きい。っていうか。万華鏡が出るとは思わなかったなぁ)
これどうなんだろう。と見守っていると、万華鏡の蓋の部分が外れ、ウィルオウィスプを取り込んだ。カラフルな筒の中に閉じ込められ、ウィルオウィスプは動揺するように小刻みに揺らめいた。
万華鏡の内部に変化がおこる。
小さな覗き穴のような影が一つ一つの顔の前に浮かび、クルクルと万華鏡が回り始める。覗き穴からキラキラとした光が一つ一つの顔に降り注ぐと………………点滅が止んだ。
ステンドガラスの色合いに似た淡い光を浴びながら、ウィルオウィスプの顔達は万華鏡の覗き穴からみえる景色をジィィィっと見つめる。
あるモノは楽しい記憶。
あるモノは絶望の記憶。
あるモノは後悔の記憶。
その瞬間を生きた記憶が、走馬灯のように映し出された。
ああ。アア。嗚呼。
嘆息、落胆、歓喜。
それぞれの音が不協和音に木霊する。
全ての音は万華鏡に吸い込まれるが、彼らは確かに想いを吐き出していた。
すると、葡萄の実に溶け込んだような顔に変化が現れた。
顔の輪郭がハッキリと浮かび上がり、他者との境界線を明確に浮き上がらせた。首から下の輪郭もぼんやり現れる。
(満員電車みたい)
ぎゅうぎゅうに人が詰め込まれた車両が浮かんだ。
(キツそう。でもなんか、虚ろだった目に光が灯ったような気がする)
何も見えないし聞こえないから、何が起こっているか分からないが、顔達の虚ろな眼差しに邂逅の光が点っていることだけは分かった。
思い出に浸り、ほとんどの顔が静止する。
(さて、あの顔は? ……うおおっと?)
あの顔……彫石の名を呼ぶ顔だけは、更に動きを加速させていた。胴体や腕を球体からひき抜こうと肩を激しく揺すっている。上下左右の顔に当たろうがお構いなしだ。
境界がハッキリとしたことで、顔立ちが拝見できた。二十代の男性だ。素朴さと無邪気さが残る柔らかい風貌で、目尻が少し垂れている。
(うーん。……彫石さんに似ている気がする)
不健康さプラスすれば似ている。と、ジッと観察する。
顔はキョロキョロと左右に動かしていた。時間がないと焦る様子をだし、動ける範囲をくまなく見回す。
(あれは誰かを探している? あと何か喋ってるね。なになに?)
唇が言葉を紡いでいる。息吹戸はそれを読んだ。
『げんた』『ごめん』『げんた』『気にしないで』『操られ』『どこ』『げんた』『げんた』
『あいたい』
(わー。確定じゃん)
息吹戸は笑いたくなる衝動を堪えた。逸る気持ちを抑えつつ、駆け足で彫石へ向かう。その途中、
(あれ? あー、静かだと思ったら)
視界の端に彼雁と祠堂が消化活動を行っている姿がみえた。いつの間にか追いかけっこは終わっていたようである。
こちらに干渉しないのは、彫石と息吹戸に任せたからだろう。それは好都合、と含み笑いを加える。
息吹戸が彫石の元へ戻ると、彼は訝しげに問いかけてきた。
「息吹戸、あの中で何が行われているんですか?」
「万華鏡がミラーハウス作ってます。中は……もしや何も見えませんか?」
「こちらから何も見えないから聞いているのです」
心に余裕がないので少々棘がある言い方になった。彫石自身がそう思ったので息吹戸も気づいただろう。
一瞬、気分を害したのではないかと不安になりつつ息吹戸を見上げると、彼女は笑みを浮かべていた。
安堵するものの何故か、好奇心で輝いたその目に、一抹の不安が沸き起こる。
「彫石さんの名前は確か『玄太』でしたよね?」
嫌な予感がしたが、彫石は頷く。
「お兄さんの幻をみた。って言ってましたよね?」
ますます嫌な予感がしたが……彫石は頷く。
「それがなにか……」
「では。失礼します」
息吹戸は一声かけると同時に足払いで彫石を軽く宙に浮かせた瞬間、素早く抱きかかえた。横抱きにされて彫石は呆然と息吹戸を見上げる。
「な、なにを!? する!?」
我に返った彫石が驚いて悲鳴のような声をあげると、背中を向けて消火活動をしていた祠堂と彼雁が慌てて振り向き、その光景に驚いて固まる。
「息吹戸! まずは説明を……」
暴れる彫石を抱きかかえながら素早く鏡の傍にいく。高くジャンプして、
「百聞は一見にしかず、です」
と、呼びかけた。
彫石は意味が分からないまま、反射的に「はぃ?」と生返事を出すと、息吹戸は万華鏡の繋目にある隙間からポイッと中に投げ込んだ。
その瞬間。
「なあああああああああああああ!」
「はああああああああああ!?」
祠堂と彼雁から非難の声が上がった。
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