第109話 本命ゾンビ
(上手く誤魔化せていればいいなぁ)
スタスタと早足で歩く息吹戸は心臓がバクバク鳴っていた。別の世界からきたということと、記憶喪失がバレていないか心配だが、質問をしてこなくなったので『一部の欠落』で納得してもらえたはずだ。
和魂の事を掘り下げられたら詰んでしまっていたが、それに気づかれる前に話題を終了した。
祠堂は何かショックを受けたようにどんよりとした雰囲気になっているが、無視をしている。振り返ることはしない。
(あとでパパに和魂について相談しなきゃ。本では魂に憑くモノだって書いてあるけど、それが離れるときは大抵はどちらかの魂の死によって絆が消滅するってことみたいだし。私では言い訳浮かばない……でも今は、霊園のアンデッドを駆除する事が第一)
息吹戸はスルッと気持ちを切り替えた。
否、気持ちが自然に切り替わった。
霊園の入り口近くでゾンビの大軍を見た瞬間に感情の波が一気に上がり、高揚感に変化する。
「あれはああああああ! ゾンビの大軍だぁああああ! なんだこれ! す・ご・い! 見渡す限りのゾンビ! こんな光景本当にあるのねええええええ!」
結界をどんどん押す大軍ゾンビを息吹戸はキラキラした眼差しで眺める。憧れのスポーツチームでも眺めているような純粋さがそこにはあった。
数秒眺めて、ハッと我に返る。疑うような眼差しをしながら深呼吸をして興奮を落ち着かせる。
「まてまて。ちゃんと確認しなきゃ。幻覚かもしれないし」
今までの霊園ゾンビと同じ姿なので、一応眼鏡をずらして本物か幻術か確かめる。
「あ! あ!」
どんなに目を凝らしてもゾンビの体に術が絡まってる感覚はない、自分の意志で動いているようだ。パァと息吹戸の表情が輝く。
「幻術じゃない、あれは現存してる物体。生身! 生きの良い生ゾンビ!」
ガッツポーズを行ったあとに、スッと眼鏡をかけなおし、腰につけていた鉈を出し握りしめる。
「ふふ、ふふ、ふふふふふふ」
唇から不気味な笑い声を漏らしながら、後方に祠堂の気配を感じて、息吹戸は上半身だけクルリと向き直る。瞳孔が開いていた。アドレナリンがガンガンに出ているようで頬が高揚し呼吸が荒い。
彼女を一目みた祠堂は「ゲッ」と声を漏らし、鳥肌を立てながら反射的に大きく距離をあけた。
異様なテンションに陥っている息吹戸はまさに狂気の化身だ。
背中に悪寒を感じつつ目をそらすことなく、刺激しないようにゆっくりと距離を広げていく。
間合いに入ると攻撃されると本能が危険信号を鳴らす。まるで禍神に遭遇した気分である。
ドン引きした祠堂の姿をみて、息吹戸は少し正気を取り戻し、意図的にほんのり穏やかな雰囲気を装う。
気持ちの赴くままに人間に鉈を振るうことはないがそれを警戒しているとすぐにわかった。
現に、雰囲気を穏やかに戻した途端、祠堂が後ろへ下がるのをやめた。
「ふふふ。ゾンビだ。ふふふ……祠堂さん。これは本物なので、噛まれないようにしてくださいね」
祠堂が嫌そうに眉をひそめた。彼の脳裏にゾンビの頭部に顔をつけて匂いを嗅いでいる息吹戸の姿が浮かぶ。
一番言われたくない相手だと心で呟いた。
「それは俺のセリフだ」
「では。お先に失礼します」
息吹戸は何の躊躇いもなく結界に群がる……この場合は透明なガラス扉に群がる……と表現しよう。
ガラス扉に群がり、生者を襲わんと今か今かと出番を待つゾンビの群れに歩み寄っていく姿は、さながらホラー映画のワンシーン。もしくはホラー映画の表紙のようだ。と狂気的な笑みを浮かべる。
持っているのも鉈一つなので、まるで特攻だと想像したら「ひははは」と邪悪な笑いが出てきた。
(やばい最高。こんなにゾンビ多かったら感染でジ・エンドなのに。この状況が面白いって思えるなんて私も大概頭がおかしい)
恐怖心もあるがそれよりも勝るのは、敵を屠ることが出来る喜び。自らの力を誇示できる機会を得た高揚感。
この二つの獰猛な感情が息吹戸を支配する。
(これは『息吹戸』の気持ちなのか、『私』の気持ちなのか。……きっと両方だ。両方重なって爆発的な感情の渦が起こってる。ふふふ。落ち着けない。暴れなくっちゃ!)
「さぁて。心躍るゾンビ戦。実体験させてもらおうじゃない!」
凶悪に笑った直後、息吹戸は走りだした。
結界はアンデッド以外には効果がない。それを視て確認済みの息吹戸は境界ギリギリまで走って勢いをつけ、ゾンビの大群にドロップキックを繰り出して結界の中に突入した。
ゾンビ達は獲物を呼び寄せようと腕を大きく動かし、爪を結界に立て、歯を立てて柔らかい肉がやってくるのを待ちわびた。
獲物がやってきた事を確認した前列がニヤリと笑うも、硬い感触と風圧と衝撃波が頭部から胸部まで襲ってきて、ゴジャっと変な音をたてて形がへしゃげる。
――――おおおおおおああああああああ――――
ゴロゴロドシャーーーーーン!
息吹戸の強烈なドロップキックの直撃を受けた数十人のゾンビが後方へスッ飛んで行き、ドミノ倒しのように周囲のゾンビを巻き込んで倒れていく。
ノーマルゾンビの動きは緩慢だ。
自分の上に倒れたゾンビに挟まれてしまい動けない。
我先にと動こうとすればするほど、他者の動きがからみ合い、互いに邪魔をして大きな足かせとなり、ジタバタともたつく。
「わぁ。ゾンビサンドイッチだ」
息吹戸は倒れて蠢くゾンビの頭部を踏みつけながら歩く。
輝く笑顔がより一層不気味である。
グシャ。グシャ。と、トマトを踏んだかのように頭部が原型保てず潰れた。
枯れ葉を崩しているような気分になり、更に楽しくなる。
「わ~お。たのしい!」
息吹戸は嬉々として頭部を踏みつぶしていく。靴やズボンの裾があっという間に血濡れになるが、おかまいなしだ。
広範囲でゾンビサンドイッチが発生し、体勢を整えるのに時間を食っている内に、その数を出来るだけ減らしておきたいという気持ちあるが、それよりも。
踏み潰す感触に快感を得てしまった。
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