第107話 探られていたようです
スタスタと歩きながら、息吹戸は首を傾げる。
「良くわかんない。でも基本は救出ミッションだね。だって、これは……」
ゲームと同じだもの。と言いかけて止めた。
息吹戸が体感している現実は、未だにゲームをしているような夢の中だ。
病名をつけるのであれば、『離人感・現実感消失症』になるだろう。
身体または精神から自分が切り離されたような感覚が常にあり、自分の生活を外から観察しているように感じる事や、自分が外界から切り離されているように感じる。
異世界に来た、そんな気持ちがずっと頭にこびりついて離れないし、それは真実だと思っている。
だから息吹戸にとってここはゲームの世界であり、娯楽みたいなものだ。
しかし祠堂にとってはこの世界こそが現実だ。
強大な異世界の力によって常に命の危険が伴う残酷な現実でも、それに悲観することなく強い使命感を持ち、世界を守ろうとする立派な戦士である。
『ゲーム』という言葉で括ってはならない。
「だってこれは?」
祠堂が彼女の言葉を復唱すると、息吹戸は首を振って「なんでもない」と答えてこの場を納めようとした。
しかし、祠堂から執心するような視線を向けられ、息吹戸は少々うんざりしたようにため息をついた。
「何か聞きたいことがあるなら歩きながら手短にどうぞ」
促されて祠堂は苦笑を浮かべる。
「最近はよく喋るな。ファウストの現身」
息吹戸は眉を潜めて歩く速度を少し速めにする。
「……喋らないといけない時だと思ってるから、喋ってるけど」
「今までは一方的に言葉を投げて終了させる癖に?」
追究するように睨まれて、まるで取り調べのようだな。と息吹戸はため息をついた。
最初に玉谷から注がれた視線を思い出す。あの時も息吹戸の内部を詮索していた。祠堂の視線はその時ほど強くはないが、それでも鬱陶しいと思うには十分だった。
「そっか。もしかして祠堂さんはそっちの対応がやりやすい感じ?」
そっちの方がやりやすいならばそうしよう。と思いながら、うっすら笑みを浮かべて聞き返すと、祠堂は眉を潜めて黙った。足が止まる。
まるで気持ちを傷つけられたかのように肩を落とす姿を眺めて、息吹戸は首を傾げる。なんとなく足を止めた。
沈黙した祠堂に呼びかけようと口を開けたタイミングで、返事が戻ってきたので口を閉じた。
「……いいや。一方的なやり取りはイラッとする。い、いまの……」
祠堂は台詞に詰まる。迷いを見せながら言葉を選ぶかのように、唇を小さくあけたり閉じたりする。
まだ時間はあるだろうと、息吹戸は一分ほど待つ。それ以上時間がかかりそうなら一旦切り上げて後で聞き直そう。
所要時間は十五秒。
祠堂は意を決したように答えた。
「今の方が……情報交換も意志の確認も出来てスムーズに進む。出来ることなら……今後もこのままを維持したい」
「分かった。あと他に『私のことで』何か気になる事がある? 時間が押しているから長話は拒否させてもらうけど」
祠堂が頭を振りながら突然「悪い」と謝罪した。彼の隠微な気持ちが理解出来ず、息吹戸は「ん?」と声を上げて聞き返す。
「え? なになに?」
「変な探り入れて悪かった」
「やっぱり? なんか探られてるなぁとは思っていたけど」
何気なく頷くと、祠堂が戦闘モードに変わろうとしたので、まてまて、と停止させる。救出に向かっている最中だと理解しているのだろうか。と息吹戸は呻いた。
「気にしてないから、喧嘩しかけないでよ。玉谷部長に怒られるじゃない」
「そこだ。あれだけ喧嘩っ早くて人の話を聞く間もなく潰してたヤツだったのに。今のファウストの現身は……あんまりにも人が変わった様子にみえるから不信に思っただけだ。……本音を言えば別人かもしれないと少々疑ったこともある」
そう? と息吹戸はゆっくり首を傾げる。
表面上は冷静を装うが、内心では心臓が飛び跳ね早鐘のように響いている。鉄仮面な顔面筋で助かったとこっそり噛みしめた。
(くっ。この居た堪れない感覚久しぶり。バレてもいいけど、バラすなってパパに言われてるし、普通に話題を流そう)
祠堂は視線を柔和に戻しながら肩をすくめて両手の平をみせた。敵意はない意思表示である。
「悪く思うなよ。俺への態度があんなに変われば別人かと疑いたくなる」
確かにそうだろうなぁ。と息吹戸はなんともいえない表情を浮かべた。
キャラクター性が全く違うのだ。疑われても不思議ではないというか寧ろ、疑いながらもよくこちらに付き合ってくれたと感謝したくなる。
まぁ単に尻尾を掴むために泳がせていただけかもしれないけど。
「とはいえ、お前に異変があれば玉谷さんがすぐ手を打つはずだ。何も動きはないから問題ない。……と分かっているが……、こっちの心情も色々あるんだよ」
歯切れの悪さがあったが、「そうなんだねー」息吹戸は適当に相槌を打ちながら霊園へ移動する。疑いが晴れたなら問題ない。
(会話時間は五分以上。もう無駄話はしないほうがいいね)
祠堂は後方三メートルくらい距離をあけてついてくる。彼の話はまだ続いていたが、歩きながら適度に頷くだけに留めた。
雑談というか、言い訳のような感じだったので口数を減らしてもいいだろう。
「アメミット内でも噂があったからな。いつもと違うって」
「噂?」
「かりそめの優しさで味方に塩を送り、油断して実力不足を出したところでザックリメンタルを殺るという噂だ。隊員達が戦々恐々としている」
どんだけ尾びれがついているんだ、と、ズッコケそうな気分になる。
(……根も葉もない噂、ということではないんだろうなぁ。なんかここまでくると逆に可笑しいわ。笑いそうになる)
息吹戸は手で口を押さえ、吹きださないよう堪えた。
読んで頂き有難うございました。
更新は日曜日と水曜日の週二回です。
面白かったらまた読みに来てください。
物語が好みでしたら、何か反応して頂けると励みになります。




