表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ  作者: 森羅秋
第三章 アンデッド霊園屯あふれそう
105/361

第105話 予想できなかった事態

 死者の門へあと一歩のところに、まばゆい光をまとう集団が現れた。

 大きさは百八十センチ。横幅四十センチほどの光の集団だ。光に包まれているが人間の顔が鈴なりについているのが分かる。例えるなら顔のついた光るブドウだ。

 異形の形をした光の集合体が十を超えて立ちはだかり、浮遊しながら様子をみるように、ゆっくり彼らに近づいてくる。

 泣顔ばかり集まった顔を眺めていると平常心を失いそうになり、四人は一瞬思考が真っ白になった。


「……なんだあれは?」


 勝木と東護とうごは走るのをやめて前方を凝視ぎょうしする。見たことない大きさだが、あの輝きは見覚えがあった。


「ウィルオウィスプの……集合体?」


 彫石ちょうこくが呟くと、三人はなるほど。と頷いた。


「でも、あんなの見たことないですよ!」


 彼雁ひがんが顔を青くして背中を逸らす。逃走衝動を必死で抑えていた。

 

「……だからどうした。片付ければいいだけだ」


 面食らっていた東護とうごが立ち直り、和魂にぎみたまを呼び出す。水の蛇がうねりながら東護とうごの前に立ち、威嚇音いかくおんを出す。

 東護とうごはウィルオウィスプを凝視した。


「そ、そうだな」


 勝木も我に返ると、炎を引っ込めて光る鳥の和魂にぎみたまを喚びだす。そしてウィルオウィスプを凝視した。


「こんな現象は今まで見た事がない。二人共十分注意して……」


 彫石ちょうこくは初めてみる形のウィルオウィスプに全力で警戒しながら注意深く観察する。

 意識を集中させると、ウィルオウィスプから一つの顔が浮かび上がって、思わず一歩後退した。


「な、に?」


 浮かび上がったのは彫石ちょうこくと似た顔だ。否、顔は同じでも年齢が違う。現れたのはニ十代の彫石ちょうこくだった。

 その顔を見た瞬間、胸の奥がギュッと締まる。  

 思い出の中にいる大切な人だ。


「ま、さか……兄さん?」


 彫石ちょうこくには双子の兄がいた。

 しかし二十歳の誕生日に禍神まがかみの生贄として辜忌つみきに連れ去られ、帰らぬ人となった。


 それが今、彼の目の前に生前と変わらない姿で立っている。一番楽しかったあの頃の記憶が色濃く蘇る。


「兄さん、なのか?」


『玄太』


 兄は微笑みを浮かべて自分を優しく呼んだ。

 こっちへおいで。とーーーー


「兄、さん……」


 目頭が熱くなる。一歩、一歩と兄に歩み寄る。

 一気に走らないのは違和感が心に残っているからだ。彼の元へ行って抱きしめたい衝動を、辛うじて抑えている。


『おいで玄太。おいで。こっちにおいで』


 それでも、この奇跡にすがりたいと、一瞬思ってしまった。それだけで違和感が薄れていく。


「兄さん。生きて……いたんだね。よかった……!」


 足かせがなくなったように走り出す彫石ちょうこく。もう大丈夫だ。間に合った。兄はまだ生きている。


「今、そっちに」


 パァン!


 頬から伝う涙が顎に到着する前に、誰かに頬を思いっきり殴られた。衝撃で涙が宙を舞っているのが見える。

 ドサっと地面に尻もちをつくと、色と音が戻ってきた。少し遅れて頬に痛みが走る。


彫石ちょうこくさん! それは幻覚です! しっかりしてください!」


「!?」


 彼雁ひがんの声が聞こえ、ハッとして意識を戻す彫石ちょうこく。殴られた頬を押さえながら周囲を見渡すと、彼雁ひがんが横から強く抱きしめている。ウィルオウィスプから彫石ちょうこくを庇っていた。


 ウィルオウィスプは二体まで減っている。赤い糸の防壁ぼうへきに体当たりしながら、こちらに近づこうとしている。

 東護とうごと勝木の姿はどこにもいない。


「一体何が……。彼雁ひがん、なぜ私を抱きしめているのですか?」


 声がして彼雁ひがん彫石ちょうこくの目を覗き込む。強い意志のある目だと分かって、彼雁ひがんの真剣な眼差しがほんの少し緩んだ。


「正気に戻った! よかった!」


 そして軽く脱力しながら情けない笑顔を浮かべる。


「ふう。彫石ちょうこくさんだけでも取り戻せてよかった」


 彼雁ひがん? と、呼びかけると、肉が焼ける不快な匂いが鼻腔びくうを刺激した。怪訝に思いながら彫石ちょうこく彼雁ひがんにの肩に視線を止める。

 匂いの原因がわかった。


 彼雁ひがんの左肩から腕が炎で焼けただれている。肩から煙立ち上り、衣服が溶けて、そこから割れた皮膚から焼けただれた筋肉が見えている。


 彫石ちょうこくが驚いて目を見開いた。いつ彼が酷い傷を負ったのか覚えていない。


「その傷は!?」


「大丈夫です、致命傷は避けました。それよりも大変です! 東護とうごさんと勝木さんが洗脳されました。状況は最悪です!」


 悔しそうに顔を歪める彼雁ひがん


「何があったのか、その時の様子を教えてください」


「ウィルオウィスプに囲まれて、二人は動きを止めました。そして二人は亡くなった人の名を呼んで、心あらずの様子になりました。ウィルオウィスプは彼らを囲うように……。だから二体だけ残ってるんです。二人は死者の門をくぐった感覚します。早く連れ戻さないと」


 彼雁ひがんはナビゲーターの能力がある。敵味方の現在地をリアルタイムで把握することと、味方の状態異常が把握できる。

 彼の脳裏には周囲の地図浮かび、『死者の門』と書かれた穴に『洗脳進行中、東護とうご』と『洗脳進行中、勝木』が消えていったのを感知している。


「私は、何故助かったんですか?」


「ええと、咄嗟とっさ洗脳防御措置せんのうぼうぎょそちを展開したんですが、ウィルオウィスプに破られてしまって。三人とも失うのはマズイって焦って。彫石ちょうこくさんは抵抗していたので時間があったし。正気に戻そうとして、どの術が効果的か思い浮かばずに、その、咄嗟に荒治療を……すいません。頬を殴りました」


 彼雁ひがんは苦笑いしながら頬を示した。

 なるほど、確かに力技だと彫石ちょうこくは頷く。そして彼雁ひがんの腕を示す。


「その怪我は?」


「ああ。これは、東護とうごさんの暴走した和魂にぎみたまが……俺を攻撃しただけです。呼びかけたのが相当鬱陶そうとううっとうしかったんでしょうね。酸性の熱湯がかかっちゃって」


「後で東護とうごに謝らせましょう」


「そうしてくれると胸がスッとします。で……」


 彼雁ひがんがチラッと二体のウィルオウィスプに視線を止める。輝きを増しながら彼雁ひがんの最も会いたい人を映し出そうとする。


 彼の会いたい人は平均寿命を全うしており、会おうという気にはならない。しっかりお別れをして受け入れたものだったから、術が効かなかったのだろう。


 だが、そうではなく、突然離別を余儀なくされた人。後悔を引きづっている人には、術の効果が強いようだ。


 その証拠に、彫石ちょうこくはウィルオウィスプに視線を向けようとするも、すぐに視線を外して苦しそうに首を左右に振っている。これでは戦えそうにない。


「死者の門から新たにアンデッドが増援されました。撤退を希望します」


「部が悪いのでそうしよう。部長に連絡を。彼雁ひがん、手当が後になりますが、我慢できますか?」


「死にたくないから我慢します」


「よし」


二人はウィルオウィスプの洗脳から逃げるべく、戦線離脱を決意した。


読んで頂き有難うございました。

更新は日曜日と水曜日の週二回です。

面白かったらまた読みに来てください。

物語が好みでしたら、何か反応して頂けると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ