第103話 応援にきた歴戦の勇士
勝木と彫石の到着と同時に、彼雁は顔を綻ばせ駆け寄る。まるで子犬が飼い主と出会い、感激して尻尾を振ってようにみえる。
「助かったあああ! 応援に来てくれてありがとうございます!」
「おう! 遅くなったな」
豪快に笑いながら勝木が腕をまくり上げた。彼はすでにワイシャツ一枚。そこにショルダーホルスター(肩紐にかけて脇に装着)に刃渡り二十センチのナイフをつけている。
腰にベルトポーチが三つほどぶら下がっていた。この中には主に護符と回復キッド入っている。
上着をどこに放り投げたのかはさておき、自慢の力こぶを見せられたところで、彼雁は妙な安心感を覚えた。
「頼りにしてます勝木さんーっ!」
「あとは任せろ!」
ニヒルな笑みになった勝木が、彼雁の背中をバンと叩く。威力が強かったので彼雁が少しよろけた。ジンジンと背中に痛みが広がっていく。
興奮した勝木は力の加減が疎かになってしまうため、スキンシップでダメージを負うこともあった。
赤い手形がついていないといいな、とやりきれない気持ちになっていると彫石が口を開いた。
「この火事の元凶は東護ですか。あとで始末書を書かさねばなりませんね」
汗こそかいているものの彫石に衣服の乱れはない。ジャケットを着て、襟首もピッチリ締めていてる。
彼は肩にかけてあった小型のクーラーボックスを地面に下ろした。
「火をみた時に念のためと思い、持ってきましたが……正解だったようです。早く水を飲みなさい。このままでは脱水症状をおこします」
彫石が蓋を開ける。ひんやりとした空気が一瞬感じられ、彼雁は救い主出逢ったように輝いた目でみつめた。
「流石、彫石さんっっ! ありがとございますうううう!」
砂漠にオアシスを見つけたとばかりに、彼雁はすぐに小型クーラーボックスに飛びついた。
数本ある内の一つ、ペットボトル経口飲料水を取り出し、即座にキャップを捻って口をつける。
ゴッゴッゴッ。と飲み込む音が聞こえる。
口腔、喉元を通過して胃へ落ちていく水の冷たさを全身で感じながら、乾いた体に潤いと気力が戻っていくのを感じる。
一気に飲み終わり、ぷはあ! と声を出した。
飲料水のCMと遜色ない構図だった。
「んああああああ! 生き返るうううう!」
途端に元気になった彼雁を眺めて、彫石は呆れた様に肩をすくめる。
「戦闘中だというのに、のんきなことで」
「いやもう。脱水やばい死ぬって思ってたんですよ! 本当に助かりました、有難うございます!」
言いつつ、ちゃっかり二本目をクーラーボックスから取り出しベルトポーチに入れ込む。
勝木もボトル一本を飲み干して、東護へ渡す用のボトルを取り出す。
彼らの動作を何気なく目で追いつつ、彫石は苦笑いを浮かべた。
「まあ。この光景を見ればそれも当然、ですか」
もはや煉獄地獄だ。山火事の現場にきたと錯覚しそうである。
「正直。ここまで酷いとは思いませんでした。珍しく頭に血が上っているようですね」
「すいません」
彼雁が半泣きで謝ったが、彼のせいではない。
東護の完璧主義気質が悪影響を及ぼしただけだ。どのみち、彼雁では歩行の邪魔をする小石程度。下手に意見すれば怪我を負う。
「気に病む必要はありません。部長の判断が甘かっただけです。それに……」
「よおおおし! アンデッド共にしっかり印籠を渡してやろう!」
彫石の言葉に被せるように、突然声を轟かせた勝木は和魂を出現させる。
それは炎を纏わせた獅子だった。それを見て彼雁と彫石はうんざりしたような表情になった。
「まあ、分かってましたけど。勝木さんも炎出すんですね……」
「光が使えるからそちらを出せばいいのに。全く……」
二人の毒づく声を完全に無視して、勝木は猛々《たけだけ》しい笑みを浮かべながら、数十メートル向こうにいるアンデッドの群れに突撃していった。
「燃えろ燃えろーー!」
お祭り大好き、キャンプファイヤー大好き、の勝木は大規模な霊園火事に心躍っている。
こうなっては外野の声はほとんど聞こえない。
制御できない人間が増えただけでは? と内心ツッコミを入れつつ、彼雁は勝木を示した。
「あれ大丈夫かな」
「悪ノリをしていますがまだ理性はあります」
「興奮しすぎたらどうしよう」
「貴方の奥の手で留めてください」
ひぇ。と彼雁は狼狽えた。それを使わないと止められない事態なんて最悪だ。と呻く。
「ううう。こう言ってはなんですが、早く息吹戸さんこないかな」
彫石は少し嫌そうしつつ頷いた。
「新たな火種は発生しますけど、良くも悪くも二人の行動を制限させますからね。ただ今は東護も勝木も居ますから、彼女をここへ呼ぶときは特殊緊急案件《禍神降臨レベル》になった時です」
「それはそれで嫌だなぁ」
「一課の取り決めをお忘れですか? 追尾、即ち、不測の事態に対応できるよう、同じ現場に派遣できる攻撃の要になる人材は二名までです」
一課の攻撃の要。単独でも禍神に対抗できる攻撃力が高い人間は玉谷を筆頭として、息吹戸、東護、勝木、章都、端鯨だ。
津賀留と糸崎は強化サポート能力。彫石と礒報と彼雁は特殊能力なので、単独での討伐は火力不足点で難しい。
「わかってますよ。言ってみただけです」
残念そうに首を振る彼雁から、彫石は視線を移動させた。墓石を飛び越えてきたアンデッド数体に向かって、おもむろに左手をかざす。
「散らしなさい」
風神姿の和魂がアンデッド達を吹き飛ばす。
突風によって強打して頭部が割れたアンデッドは力なく倒れた。
炎の追撃を回避する個体もいるようだ。
「見た目は変化ありませんが、違う個体も居るようですね」
ゴォウ。ボオオオオオ
風にあおられ炎の勢いがさらに増す。それを無言で眺めてから、彫石はため息をついた。
「覚悟しておきなさい彼雁。もっと気温が上昇します」
「ですね……」
彼雁は苦笑交じりに頷いて、アンデッド達と交戦中の二名に生温い目を向けた。
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