第102話 灼熱になった現場で
第四章に入りました。
そのいち<異変は目に見えないように近寄ってくる>
ううう、あああ、ああああ、うううあああ
大勢の悲鳴が夜風に乗って、木々や道路に反響させながら木霊する。さながら、アカペラで悲劇を演出するオーケストラのようだ。
タイトルは亡者達の悲劇。
文字通り、この大勢の声の主は地上に現れた死者達であり、生者によって元の世界へ強制送還されている悲しみの慟哭や憎しみの声であった。
結界を張っているため、アンデッド達の声が外に流れることはない。
表面上、静けさを保つ霊園は現在封鎖されている。
カミナシ討伐二課が操る獣型の式神が、一般人を寄せ付けないように警戒しているので、野次馬の姿はなかった。
彼雁は額の汗を拭った。
着てきた分厚いコートは既に脱ぎ捨てて、ジャケットのチャックを外してワイシャツの第二
うわぁ。たまらな暑さ。と、口走る。
深夜を回って気温がぐっと低下している。薄着では震える様な寒さだが、霊園の中は熱風に包まれていた。サウナというレベルではなく、灼熱砂漠のようだ。
あちこちで発生した炎が寒さを完全に消し去る。更に結界が炎の熱をこの場に留めているのも暑さの原因だ。
ううう、あああ、あああああ
木庭霊園を徘徊しているゾンビやグール、スケルトンなどのアンデッド達は否応なしに炎に包まれていた。
声帯から単に音を発しているだけの声を断末魔にしてドサッと倒れる。真っ黒い煤は辛うじて人間だと分かる程度であり、それが二度と動くことはなかった。
炎を免れたアンデッドも次々と発生するファイアーストームに巻き込まれ、枯れ枝に火が移るようにその身を炎に侵食されていく。
こうやって、視界にいたアンデッド達は次々と無力化された。
霊園に埋葬されている数を考えれば、その数を粗方燃やし尽くしたと言ってもいいのだが。
ああああああ
うああああああ
アンデッドの行進はまだ止まらない。
煤の塊が地面にいくつ積み重なってもそれを踏みつけて、次から次へと押し寄せてきた。
黒い煤が宙を舞う中、おぼつかない足取りで腕を伸ばし、ぎこちなく動かす口が、まるで助けを求めるようにも見えるがーーーーそんな事はない。
彼らは嬉々として生者を襲っている。
はぁ。と誰ともなくため息がもれる。
津波のように押し寄せるアンデッド達に囲まれてしまえば、人間はすぐに彼らの仲間入りになってしまう。恐怖し絶望に染まりながら不運を願うしかないがーー。
彼らが群がっているのはカミナシ。禍神や従僕に対する攻撃のスペシャリスト達だ。
「終わりが見えない。……邪魔だ燃えろ」
汚物は消毒だ! と言わんばかりに東護は護符のよる術式を展開する。
ファイヤーストームが発生し、アンデッド達は狼狽したように火柱を見上げた。
それがいくつか同時に展開されるとアンデッド達はみるみる炭化していく。
苛立ちによる攻撃は通常よりも威力が強い。
炎の浄化を大盤振る舞いした結果、気づけば一面火の海と化していた。
お供の花と観賞用に植えられている花が無残に焼け落ち、炎に炙られ墓石が熱を帯びて、一部溶けているものもある。
高温の空気が喉や鼻や眼球、皮膚を焼いてくる。アンデッドはおろか、ここで作業をしている彼雁や東護すらも焼き尽くす勢いだった。
大火災が発生した霊園で彼雁は悲鳴に近い声をあげる。
「あああもう! 全然減らないなんて、泣きたいですねええええ! そう思いませんか東護さん!」
「そうだな」
対して東護は涼しい顔をしながら炎を展開する。彼もコートを脱ぎ捨てているが、ジャケットの前はピッタリ締めている。額や手から汗が滴り落ちているが、拭うこともせずに護符を投げまくっていた。
完全にキレている。と彼雁は脂汗を浮かべる。
「ですよね! ところでここ、かなり暑すぎませんか!?」
霊園を火災現場にしたのは何を隠そう東護である。
魔法陣は見つからない、手がかりは掴めない。そんな時に玉谷からアンデッドが幻術である可能性を息吹戸が発見したこと通達がきた事により、ストレスがピークに達してガチギレした。
下っ端の彼雁の声を一切無視し独断で片付け始めてしまった。
まだ幸運だったのは、突然のアンデッド軍団で応援にきた二課が負傷し退却したことである。
炎に巻かれて死人が出なくてよかった。と思うが、一緒に逃げたかったとも思う。
「ああああもう早く片付いてくれええええ!」
彼雁は再度泣きそうな声をあげた。
熱いからやめてくれ。と口が裂けても言えない。
大量にアンデッドが出現した時点で東護の目が据わった。これ以上、怒りの種を与えるのは危険だ。それに彼雁にそんな勇気はなかった。
ブブブ、とリアンウォッチが振動する。彼雁はすぐにメールチェックを行った。
彼は和魂を扱う事はできないので、現段階でアンデッドに対し攻撃手段を持たない。
なのでより一層、東護の行いを止めることができない。
「東護さん! 部長からのメール確認したんですけど、東と南の数か所は幻術で、実体はここだけです! この場所に何かあるはずです!」
「そうだな」
数メートル前方を歩いていた東護が肩越しに振り返った。声のトーンが普通に戻っているので、今だ、と、彼雁は少しの休息を申し出る。
「東護さん。ちょっと、タイムです。はあ。熱くて本当に……俺が倒れそう」
ふう、ふう。と息を荒げる。
熱に蒸されて呼吸しづらいと、彼雁は額から頬に伝う汗を袖でぬぐった。
服が汗で肌に引っ付くが、引っ付いた端から熱風で服が乾き、またすぐに汗で引っ付いて、熱風で乾き、を繰り返している。
そろそろ脱水症状が起こらないか心配だ。
「気張れ彼雁。こいつらは間違いなく実体だ」
東護は至極冷静に答えた。
彼も全身から汗が噴き出しており息も荒いが、炎を生み出すのは止めない。
寧ろ、もう二度とツラみせんじゃねえ! と言わんばかりに握り締める護符から炎が上がる。
「……そうっすねー」
これは話しても無駄だ。と彼雁は悟った。諦めよう。ここで死のう。そんな言葉が脳裏を過ぎった時に
「彼雁! 東護!」
後方から名を呼ぶ声が聞こえて振り返る。
彼雁の視線の先に勝木と彫石の姿がある。汗だくになりながらこちらに駆け寄ってきた。
彼らを見て彼雁は目を輝かせた。この二人は東護を制止することが出来る。有り難い応援だ、と彼雁は大きく手を降って歓迎した。
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