第100話 気がかりなあの子
「焦る気持ちも戦いたい気持ちもあるだろうけど、今はまだ成り行きを見守る時期のはず。もう後手の状態だから先手は打てない。だったら、現状を整理して予想して予測を立てる。動くときは躊躇しない。これがミッション成功の鍵だよ」
腰に手をおき、ドヤァ、と得意げな顔で胸を張って宣言する息吹戸に意表を突かれ、祠堂は軽く瞬きをした。少し間をあけて後頭部をカリカリと手でかく。
「確かに。もう先手は打てない。となると、燐木はこの近くにはいない。高みの見物しているはずだろうな」
「どのくらいタイマーセットしてるんだか。準備期間すごくかかっていそう」
さぁな。と祠堂は返事を返しながら黒いイヤーカフを左耳につける。ボタンを何度か押すと、彼の胸の前に空中ディスプレイが表情された。ノートパソコン画面くらいの大きさで薄い水色をしている。
ディスプレイが3つほど現れると、それぞれの画面をタッチしたりスクロールしながら、霊園事件の情報を密かに集めている調査班の共有報告に目を通す。
おもむろに胸ポケットから取り出した二つ折りの魔法陣を開き、画面に押し付けて映像を取り込む。
数秒後、魔法陣を摘んでまた胸ポケットへ収め、詳しい解析を解析課に依頼した。
この情報は後日カミナシにも渡され共有される。組織は違えど辜忌は共有の敵だ。辜忌に関しての情報は些細な事でも共有するルールがある。
ほわぁ。と息吹戸は興味津々の眼差しでディスプレイを眺める。覗き見防止が設定されており、祠堂の周囲を歩いてみても何も見えなかった。
不審な動きをする息吹戸に集中力を解かれた祠堂はディスプレイを閉じて顔を上げた。
「なに人の周りをぐるぐる回ってるんだ?」
「見えないから凄いなって」
「そりゃそうだ。俺の目しか確認出来ないよう組まれているからな」
「さっきは何をやってたの?」
「幻術の詳しい解析を依頼した。辜忌が関わっているなら、霊園の事件はアメミットも加わる事になる。正式に調査に加わる様に部長に進言する」
「アメミットは辜忌が起こす事件は全部関与するんだ?」
「!?」
祠堂に顔が険しくなる。
ええと? と息吹戸が聞き返すと、後方にジャンプして大きく間合いをあけて、瞬時に戦闘態勢をとる。
「幹部が起こす事件は必ずこっちが介入する、って言ってるだろーが!」
一気に緊張感を纏い、戦闘に備えるように和魂を薄く浮かび上がらせる。
「あのー」
息吹戸は呆れたような声をだす。確認するために問いかけただけだが、祠堂には異議ありとして聞こえたようだ。
(これは。息吹戸も仕事中毒の可能性があり。気に入らない事は武力行使していたっぽいなぁ。全く、幼児の癇癪か)
周囲の苦労を想像して息吹戸は自嘲を浮かべる。それが祠堂には冷笑に見えた。更に警戒を増しながら吠える。
「いくら文句あろうが、暴れようが、乗り込んで抗議しようが、これだけは譲らねえぞ!」
息吹戸は両手を広げて、やれやれ、と肩をすくめた。彼女にそんな意志はない。
「ちょっと聞いただけなのに。……そうだね。それが規則なら仕方ない。でも、カミナシも関与していいんでしょ? 元々こっちの仕事だし」
「……はあ?」
予想外の返答を聞いて、祠堂は間抜けな声をあげた。一瞬フリーズしたのち、ゆっくりと、ゆっくりと警戒を緩める。
息吹戸は腰に添えていた両手をだらんと垂らし、休めの姿勢になって攻撃意志はありませんとアピールする。
「基本的に私は指示されたことをやっていくだけだよ。まぁ、部長には霊園で手に入れた情報は全部報告するけど」
それ構わないでしょ、と付け加えると、祠堂が目をぱちくりさせながら凝視する。
「それは別に、構わないんだが……」
祠堂はすっかり構えを解いて、茫然と立ち尽くしていた。
屍処の情報に飢えており、独りで対決したがっている息吹戸の態度とは思えない。混乱した祠堂は額に手を当てて、視線をそらした。
考え込んでいる祠堂を眺めていた息吹戸だが、数秒で興味を失い、リアンウォッチに視線を落とす。
小さなボタンがいくつかある。その中に押したことのないボタンもある。どんな機能が備わっているのか想像しただけでも心弾む。
でも今は触らない。下手に触って壊すのは嫌だった。時間をとって津賀留から使い方を学ぼうと決めている。
通話ボタン表示ディスプレイを出そうとして
「なあ。ファウストの現身。聞こうと思ってたんだが」
なんだろう。と息吹戸は視線を前方へ向ける。祠堂は視線をそらしたまま首元を触りつつ、躊躇いがちに口を開いた。
「なにかあったのか?」
「なんでそう思うの?」
「少し前から違和感がある。拘りが消えたというべきか……。猪突猛進だったのに、今は一歩引いて全体を見定めているような気がする」
息吹戸は意味がわからないというように首を傾げる。平静を装っているが心臓はバクバクである。
(うわぁ。まだ別人だってバレていないみたいだけど、『息吹戸』と『私』のズレで混乱してるよ。別人だって教えてもいいけど、確証がないうちに言うのは混乱を助長させるだけだし。記憶喪失も内緒だから……ここは誤魔化そう!)
「そんな風に見えるんだ。……少しばかり、心に余裕を持たせようと意識してるだけ」
「余裕をもたせる? それは心境の変化か?」
祠堂の言葉を聞いて、息吹戸は無意識に右手の人差し指を唇に添える。
「どうだろう? あったと言うべきか。馴染もうと努力していると言うべきか……」
言葉選びが面倒になってきた。
唇の前で指を一本立ててから
「今はナイショ」
と、可愛らしく微笑んだ。
祠堂は目を見開き、頬を少し赤く染めて「何もなければいいんだ……」と、呟く。
数秒後、我に返った祠堂は失言したとばかりに口を押えた。そのまましばらく固まって。
「違うからな!」
叫びながら指をさす。
「心配してるわけじゃねーからな! 単にこっちの調子狂うんだよ! わかったか!」
耳まで真っ赤になりながら完全否定する姿はツンデレのようだった。
面白いリアクションをみたとばかりに息吹戸の目尻が波立つ。一言、二言、からかう言葉を投げてみたかったが今は仕事中だ。遊ぶのは程々にした方がいいと口を閉じる。
「大体普段の行いが悪すぎるって言ってんだろ! ちょっと常識を覚えたからって調子に乗るな!」
「はいはい」
息吹戸は『どうどう』と手で制した。きゃんきゃん吠える犬を宥めるような気分である。
祠堂の態度に一切触れなかったことが幸を要したようで、彼は落ち着きを取り戻した。
「ったく! 気分悪りぃ!」
両手を組んで背中を向けて小声でブツブツ毒づいている。
息吹戸は、はあ。と疲労の息を吐く。
もう放っておいても大丈夫だろう。
今度こそ部長に連絡をしようとリアンウォッチを触ろうとして、着信音と共に空中ディスプレイが浮かんだ。
電話をかけてきた相手は玉谷だった。
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