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第一話 彼は死んだ

 一人。


 また一人。


 警察との鬼ごっこの最中でも、俺は辻斬りをやめなかった。

 単純に人を切る快楽を求めていたのはあるが、ただそれだけではない。

 俺側は、逃走の片手間に人を切れるのに対し、警察側はその切られた被害者を無視することが出来ない。

 助かる命であれば助けなければならないし、助けられない命でも出来る限りの処置を施さねばならないのだ。


 警察との逃走劇が幕開けてから早2時間。

 その間に俺は、12人もの民間人を切り裂いた。



 こうなった経緯を説明しよう。

 まず初めに。

 俺はジャック・アリアシタ、21歳の快楽殺人鬼だ。

 人を殺すことに強い快感を覚え、幾度となく犯行を繰り返している。


 俺がこの加虐性に目覚めたのは、10歳の頃。

 友達のペットが逃げ出したようで、俺はそれを探すのを手伝っていた時のことだ。

 河川敷の歩道で、何やら蠢いているモノを発見した。

 凝視してみると、それは血を垂らして今にも息絶えそうな友達のペットだった。

 恐らくは、何かに轢かれたのだろう。

 もう手の施しようがないほどの無惨な姿に軽く嗚咽していたその時、遠くからこちらに向かってくる友達の姿が見えた。


 俺は、思考を駆け巡らせる。


(大好きなペットのこんな姿を見たら、あいつは……)

(それならいっそ、見つからないままの方が良いんじゃないか?)


 俺は咄嗟に、川へ向かってペットを蹴り飛ばした。

 宙を舞う肉塊は、放物線を描きながら飛んでいく。

 ぽちゃんと着水するのを見届けたその瞬間、何やら身体中に電流が走るような感覚に襲われた。


(俺が殺した)

(俺がトドメを刺した)


 まだ精通も迎えてない俺にとって、その衝撃はかつてない感覚だった。

 突然脈が早くなり、筋肉がプルプルと痙攣し、脳が痺れるような感覚に陥る。

 俺は、ペットを殺したことに快楽を覚えていた。


 行為は段々とエスカレートしていく。

 小柄な動物を殺すのに飽きた俺は、ついに人間に手を出した。

 俺を兄のように慕ってくれていた近所の子供を、事故を装う形で井戸に突き落とした。

 街に繰り出して、通りすがりにガラス片で首を掻っ切ったりもした。


 だが、それらの犯罪がバレることはなかった。

 やがて17歳になった俺は職に就き、穏やかに毎日を過ごしていた。

 殺人鬼という側面を、隠しながら。

 そうして、今に至るまでの間で、俺は62人もの人を殺めていた。


 ある時、俺はパトロール中の一人の警官に話しかけられた。

 周辺で頻繁に殺人が発生している、持ち物を精査させてほしい、と。

 当然のように凶器を所持していた俺は、一瞬の隙をついて警官の喉を切り裂いた。


 しかしその現場を、別の警官に見つかってしまい、今に至るわけだ。



「クソッ、いつまで追いかけてくるんだよ……!」


 流石に疲れた。

 2時間もの間ぶっ続けで走りっぱなしだ。

 このままだと、途中で倒れてゲームオーバーだ。


「せめてどこかに身を隠して休まないと……」


 ふと見上げると、山の中に一軒家を見つけた。

 山の斜面に建っている。

 周りには木々も生い茂っており、良い隠れ家になりそうだ。

 軽く呼吸を整え、俺は家へと走り出した。



 なんとか家の扉の前まで辿り着いた。

 耳を澄ますと、家の中からトタトタと足音がする。

 その足音は、徐々に玄関へと近づいてきていた。


(扉が開いたら、殺して、家の中に入って、服を奪って……)


 ……その後は、どうする?

 逃げ切った後、俺はどうやって生きていく?

 きっともう、まともな職に就く事は出来ない。

 幸せな家庭を築くことも出来ない。


「……何やってるんだか、俺」


 人並の生き方は、もう出来ない。

 そんなこと、一人目を殺した時点で覚悟していたはずなのに。


「いっそのこと、自害してやろうか」


 それが一番懸命かもしれない。

 自分の快楽のために、罪のない人を何十人も殺してるんだ。

 俺は、きっとろくな死に方をしないだろう。

 自分で自分の首を掻くのが、一番マシな死に方かもしれない。

 ていうか、もう走り疲れたし、なんなら今すぐにでも──。


「どちらさまですか?」


 その声を聞いて、ハッと意識を戻す。

 目の前には、扉を開けこちらを覗く老夫の姿があった。

 考え事に耽っていて、扉が開いたことにすら気づいていなかった。

 しかし、俺のやるべきことは決まっている。


(扉が開いたら……殺す!)


 反射的に、老夫へ刃物を突き刺す。

 肉を割く感触が、ズブリと手に伝わってきた。

 俺の経験則から察するに、恐らく刃物は心臓まで達している。


「うぐっ……!?」


 突如襲ってきた激痛に、老夫の口から呻きが漏れる。

 嗚呼、きたきたきた、これだよ。

 脳から全身が痺れるような感覚だ。

 最高に気持ちイイ。

 俺は余韻を感じつつ、刃物を抜き取ろうとした。

 その時だった。

 老夫が、俺の腹に手を当て、何かを呟く。


「……えっ?」


 次の瞬間には、俺は宙を舞っていた。

 一軒家から凄まじい勢いで離されていく。

 浮いた身体はやがて地面に着くも、勢いは止まらず、俺は山の斜面を、ぬかるみに嵌るまで転がり続けた。



「ぐふっ、はぁ……はぁ……」


 道中で木々に衝突しなかったのに安堵しながら、思考を回す。

 今の不可思議な現象について、なんとなくの予想はついた。


 あの老夫は、恐らくは魔術師だ。

 魔術師とは、大気中のマナ?とかいうやつを使って、火を起こしたり、風を起こしたりすることが出来る奴らのことだ。

 しかしながら、魔術の使用は、私有地や一部の許可された場所を除いては禁じられている。

 実際、俺も見るのは初めてだった。


 だが、ただ吹っ飛ばされただけで済んだのは幸運だ。

 あの家は諦めて、早く他に隠れられそうな場所を見つけなければ。

 そう考えを纏めて立ち上がる。

──しかし。


「……あれ、なんだこれ……」


 立ち上がろうとする脚に、上手く力が入らない。

 というか、脚どころか全身に力が

 何故だ、と思って下を確認すると。



 俺の腹は円形に抉れ、そこから沢山の血と内臓が飛び出ていた。


「……うそ、だろ」


 そのあまりにも大きすぎる傷口を脳が認識した途端、強烈な痛みが押し寄せてきた。

 かつて体験したことの無い、激しい痛み。

 今までに何度も見た、どす黒い血。

 この先に待ち受けるのは、間違いなく──。


「し、死ぬ……!」


 こめかみを流れる脈の音が、まるで死が近づいてくる足音かのように聞こえる。

 視界は絶えず明滅している。

 これが、死か。


「……やだ、嫌だ!死にたくない!」


 死にたくない。

 頭の中が、その言葉で埋め尽くされた。


 俺は、その時が来たら別に死んでもいいと思っていた。

 別に死ぬこと自体は怖くないと、思っていた。

 俺は、俺が思っているより弱い人間だったのだ。


 待てよ。

 ということは、俺が今までに殺してきた人達はみんな、この恐怖を体験していたというのか?

 だとしたら、俺は──。


「ごめ、んなさい、ごめんなさい!殺してごめんなさい!」


 俺はなんて、馬鹿なことをしていたんだ。

 死がこんなにも恐ろしいものだと知っていれば、俺は誰も殺さなかった。

 俺は、俺が思っているより何倍も、クズで、アホで、最低最悪な大罪人だったんだ。


「ごめんなさい、ごめん……なさい……!」


 俺は、赤子のように泣き喚きながら、誰へ向けたものかも分からない謝罪をし続けた。

 無論、こんなことで許されようだなどと思っているわけではない。

 ただ、謝らなければ気が済まなかっただけだ。

 自分で殺しておいて、虫が良すぎるだろうか。

 それでも俺は、死ぬまでの間で出来る限りの謝罪をする。



 やがて、意識がボヤけはじめた。


 グニャリと歪む視界の中。


 最後に目に映った景色に、何やら、こちらを覗き見る人影が、いたような気がした。







 ふと、目が覚めた。


 ここは、どこだろうか。

 眼前には、木目調の天井が広がっている。

 どうやら俺は、仰向けで寝転がっているようだ。

 天窓からは、日が差し込んでいる。

 鼻をくすぐる風は少し生ぬるいが、とても気持ちの良い──。



──ちょっと待て、目が覚める?


 それはおかしい。


 俺の腹部の傷は、確かに致命傷だったはずだ。

 もし、仮にあの傷が、治療を施せばギリギリ回復する程度のものであったとしても、殺人鬼である俺にそれほどの治療を施す必要は無いはずだ。

 もしかすると、一度傷を回復させてから改めて死刑に処す、というつもりだろうか。


(……まあ、俺みたいな殺人鬼には、そのくらいの罰はあって然るべきだろうな)


 当然だ。

 俺は、何十人もの人を殺めた。

 であれば、俺が殺した分だけ同じことをされ返しても、文句は言えないだろう。

 それでも、あの恐怖をもう一度体験することになると考えると、それだけで身震いがした。


「サンクレッド?」


 どこからか、声がした。

 その数秒後、若い女性がこちらを覗き込んできた。

 長いブロンドの髪と、碧い眼。

 ここが病院だとすると、この女性は看護師だろうか。

 制服の様なものは着ていないが──。


「ふふ、あまり泣かなくて偉いでちゅね〜」


 ブロンドの女性は、赤子をあやすかのような口調でそう言うと、俺の身体を抱き上げた。

 どういうことだ?

 何が起きている?


 様々な疑問が頭の中を飛び交ったが、やがてその疑問は、全て一点に集中した。

 抱き上げられた先に見えるのは、縦長の姿見鏡。

 そこに、映っていたのは──。



「あぅ?」


 女性に抱えられている、ぷっくりとした赤子。

 鏡に映るその赤子と、ピタリ目が合う。


 その赤子は、間違いなく、俺だった。


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