第八話.三兄弟
第八話.三兄弟
神殿に『ただいま留守にしています』という書き置きだけを残して、俺は街の外へ探検にでた。小高い丘上に立って、遠くを見渡してみる。南の方角には深い森がみえる。おそらくその向こうにあるのが蛇頭族という種族の根城。そして西方に広がる草原が豚頭族の根拠地なのだろう。あんなに緑のある土地から、こんな赤い大地にまで出征してくるとはご苦労なことである。
それにしても、遥か彼方に霞んで見えるようなところまでくっきり見える。こんなに目が良かったかな、いや。これもやっぱり神様パワーだろうか。千里眼ってやつかな。
こうやって眺めると、ヘテプフェルの領地はずいぶん寂れている。農耕がうまく行っているのは湧水の出るオアシスだけで、あとは石と砂だけだ。これじゃあなかなか市民が暮らすのも大変だろう。
適当に散策していると、豚頭の人間が三人、質素な布を纏って石の影に隠れているのを見つけた。先日の戦いの生き残りか、それとも。ふと興味が湧いたので近くに寄って確かめてみることにした。布にくるまって、でかい頭を半分だけ隠して三人は寄り添うように集まっている。
「おい、こんなところで何してんだ」
「うぉぉお!?」
一人の豚人間が顔を上げてこちらを見る。同時にびっくりしたのか大きな声を上げた。
「ニンゲンだ、見つかった!?殺せ!!」
三人(三匹?)はそう叫ぶと同時に飛び離れて何かを取り出した。槍だ。背丈ほどの大きさの比較的短かな槍を握りしめて、俺に向かって突き出した。
「ちょっ!?」
急に飛びかかってきた豚男たちの槍が、俺の腹に、胸に突き刺さる。
「や、やられたー!」
ついそう叫んで目を閉じる。五秒ほどたっても何も起こらない。様子がおかしいと恐る恐る目を開けてみると、確かに金属の穂先が俺の身体に突き立っているものの、血も出ていないし痛くもない。
「んんー?」
豚男三人組は、何が起こったのかと目を開いて驚いている。大丈夫だ、俺も何が起こったのかいまいちわかっていない。身体の中を透過するように刺さった槍だが、いつまでもこんなものを突き刺したまま暮らしていくわけにはいかないだろう。
どうしたものかと思案していると、槍の刃が赤熱したかと思うとどろりと溶けて、柄の部分は黒くなってその場に落ちた。本当に無敵なんだな、俺の身体は。
「にいちゃん、やばいよコイツ人間じゃねえ!」
「うお、お、おお弟達よ。大丈夫だ落ち着け。野生の悪魔か何かにちがいない」
「ああああああ、悪魔!?にいちゃん!怖いよコイツ怖い!」
失礼な事を喚き散らしながら、その場に三人ともへたり込んだ。このやろう、いきなり突き刺しやがって、怖いのはこっちだよ!
「誰が悪魔だこのやろう!こっちは神だよ!」
「ひゃあああああ!?」
怒鳴り上げると縮こまってしまった。あんまり怯えるのでかわいそうに思えてきたが、槍で俺を刺し殺そうとしたのも事実である。
どうしたものか。
「お、俺はどうなっても良い!弟たちの命だけは助けてやってくれ!」
「うーん……」
「おねげえします!」
そう言って頭を下げる豚人を腕を組んで見下ろす。そもそもなんでコイツらは槍を持ってこんなところに潜んでいたんだ。
「まぁちょっと話を聞かせてくれ」
「は、はい」
「お前らはどうしてこんなところに潜んでいたんだ?」
「うぐっ!そ、それは」
何か言おうとして口をつぐんだ。
「言えって。消し炭にされたくないだろう」
「は、はい!じつは俺たち兄弟は、この間の戦争で逃げ出した脱走兵なんです!」
「脱走兵?」
「はい。逃げたのが見つかったらどうせ死刑で、もうお国には帰れないんで……なんとか生き残る方法を考えていたところなんです」
生き残る方法ねぇ、道端にボロ布かぶって槍を持って、どうして生き残るつもりなのだか。
「おまえ、おいはぎでもやろうっていうつもりだろ?」
「ぎくっ!」
兄豚は心の声を口にだした。
「そんなばかな、ひょろい人間族を小突いて飯と金を奪おうなんて俺たち一つも考えていませんよ!」
「じゃあここでお前たちを逃してやったら、どうやって食っていくつもりなんだ?」
「そりゃ……真面目に就職口を探して働いて」
「無理だろ、脱走兵で死刑なのに」
数秒の間があいて、兄豚は泣き始めた。
「うおおおん。なにとぞお慈悲を!命だけはぁー!」
「うーん」
コイツらを生かしておくと、必ず人間を襲う野盗になるのは目に見えてる。かと言って無抵抗で泣きながら命乞いをする豚頭を殺すのはさすがにやりたくない。
兄豚は泣きながらチラチラとこちらの顔色を伺っている。
「ちぇ、わかった。お前ら命は助けてやる。そのかわりヘテプフェルに連れていくぞ」
「へぁ!?」
「お前らみたいな食い詰め者を野放しにできるかよ。命は助けてやるけど、俺の指示には従ってもらう」
わかったな、と念を押すと観念したのか「わかりました」と三人とも頭を下げた。散策だけのつもりが、妙な奴らを拾ってしまったのだった。