第六話.決戦豚頭族
第六話.決戦豚頭族
ずらりと並んだヘテプフェルの戦士たち。鎖帷子の間から見える腕は、隆々たる筋肉に支えられている。彼らの瞳には決意の炎が宿り、ただの一兵たりともこの戦いに臆しているものはいないようだ。
対するは、なだらかな丘の下。整列して見えるのは豚の頭を持った人間たち。ヘテプフェルの人々よりも平均すると少し背が低い。代わりに頭が大きく筋骨隆々であった。唇の間から牙をのぞかせるものもおり、王が魔物と呼んでいるのもよくわかる。
規律を守って隊列を組んでいるところを見ると、知性はどうだかわからないが、少なくとも知能はあるらしい。こちらと同じように盾と剣で武装している。
じりじりと両軍の先頭が近づいていき、ある距離を割った瞬間、わっと駆け出した。両軍の前列の軽装歩兵隊が、各々走り寄っていき、あるものは石を投げつけて、またあるものは手槍を投げつけ始めた。
「「うおおおおおおお!!」」
「「ゴオオオオオアアアア!!」」
大きな吶喊がほうぼうであがり、同時に敵味方入り乱れての乱戦が起こった。重装歩兵隊は全く動じずに、一糸乱れぬ隊列を崩していない。盾を構え、ゆっくりと一歩づつ歩いていった。またそれが合図となって神官隊は何事かぶつぶつと呪文の言葉を唱え始める。
前線では軽装歩兵たちが斬られては殴られて、倒れたものは踏みつけられていく。おそらく、その混乱を制した方の勢力が重装歩兵に取りついて、隊列を崩しにかかるのだろう。
その時、神官隊の方からパッと光が輝いたかと思えば、九〇式戦車の主砲の如き轟音が響いて、目にも止まらぬ速さでなにかが飛翔し、敵前線の地面を抉り取った。土煙を巻き上げて、同時に数名の豚人間たちが宙を舞った。それが立て続けに五発。
「これが魔法!?」
今まで自分の魔法以外のものを見たことがなかったので驚いた。たしかにこんな威力があれば、神官隊が勝敗を握るといっても過言ではなさそうだ。もはや手ぶらで機動力のある砲兵隊である。
だが敵もさるもので、数人数十人が吹き飛んだくらいでは動じずに、抜けた穴を後ろの人間が塞いで勢いそのままに突っ込んでくる。
「おい、王様!もっと連発して魔法を撃たないと前線がやられそうだぞ」
「魔法とは、そうそう連発できるものではありません。しばらく戦士達に押し留めさせます」
「でも押されてるし……あ。俺の出番か?」
「おお!レイ様自ら!」
「ヨシ」と小さく掛け声をかけると、神輿を降りた。久しぶりの地面がなんだかゆらゆら揺れて感じる。はるか彼方にいる豚頭めがけて指を刺して『射よ』と唱えた。ぱっと稲妻の如き光が一条滑り込んで行って、豚が一匹蒸発して消えた。
「射よ!射よ!射よ!」
そう言って連発すると、順番に一匹づつこの世から消えていく。そうしている間にも味方の前線軽装歩兵は、ぶつかり合いに押し負けて混乱していた。射よと唱えるたびに敵を消し去るのだが、いかんせん敵が多すぎて効率が悪い。このままではジリ貧になりそうだ。自分が不死身なんだとしても、民衆が全滅しては意味がないのだ。
「ウーン」
(何考えてるにゃん?)
ちょうど良いところに元神様から、神の声が聞こえた。
「おっ、ちょうど良いところに!なぁ、もっと範囲が広くて強い魔法の呪文とかないのか!?」
神様がこんな魔法でちまちま戦ってるなんてなんかおかしい。方法はあるはずだ。
(そんなのないよ。あるわけないじゃん)
「はあ!?なんで、神様なんだろ?」
(神様だからだよ。魔法の呪文なんていうのは、神霊だとか悪魔だとかそんなのから力を借りるために民衆が考え出した仮初の言葉なんだ)
頭の中での会話は外には漏れない。王がとなりで、撃ち方をやめてしまった俺を、なんとも言えない表情で見つめていた。
(君は神だよ?誰に力を借りる必要がある。君自身が力であり、魔法であり、神秘なんだ)
「つまりどうしたら良い?」
(思うままにやってみれば良いよ。呪文なんていらないし、そうなれと思うだけで世界は応えてくれるはずにゃん)
「ヨシ、わかった」
大体わかった。決まった魔法の呪文なんてなかったんだな。心が決まればやってみるだけだ。目標は敵の神官部隊。そこがキモだと言ってたからな。それさえなくせれば、総崩れになるはずだ。
「太陽神レークァタルゥが命じる、神官を……殺せ!」
そう叫んで、大きく手を振った。あたりが一瞬暗くなったかと思えば今度は大きな光の球が上空にふわっと上がった。そのままゆっくりと敵神官隊の上空までふらふらと飛んでいった。大丈夫かな?そう思った瞬間、ぱっと大きな光弾は小さな無数の光弾に分かれて飛び散った。
一発一発が光の矢となって、敵の神官の心臓だけを狙って飛翔する。重装歩兵が守ろうと盾を構えるが、それら全てを透過して神官の心臓だけに突き刺さった。次々と豚頭の神官兵らは身体の内側から炎を上げて燃えていく。
苦悶の声が聞こえなくなった時には神官部隊の、その三分のニが絶命していた。残りの三分の一は運良く生き残ったものの虫の息である。
「やった、か?」
いまいちピンポイントで地味だったが、やったのか?そう思って隣にいる王の顔を見ると、蒼白な表情をして唇を震わせていた。
「おい、王様。やったかな?」
「は、はい。大勝利です」
「もう勝ったの?まだ戦ってるけど」
「いや、もうあの様子では後方から瓦解していくでしょう。前線は何が起こってるのかわからないだけで、もう終わりです」
勝ったというわりには喜びがない。でも王が言うのだから勝ったのだろう。少し見ていると、敵の豚頭族は後方からバラバラと四方に逃げ出している様子だ。本当に終わりらしい。
「楽勝だったな!」
「は、はい。本当にその通りでございます!」