第二十六話.龍神さまと一緒
第二十六話.龍神さまと一緒
旅をして数日。
東へ東へと歩いた先に景色は一変して、勾配のある岩場と流れる水。両側には緑。
蛇頭族の街は山間の渓流にあった。自然物をそのまま住居に応用しているようで、洞穴を倉庫にしていたり、大きな岩に寄りかかるように木造の建物が高く塔のように建てつけられていた。川を中心に両側に建物が並んでいるようだ。
この、ずっと湿っている感じはなんだか故郷の夏を思い起こさせる。
馬車はもう使っていない。
こんな場所まで入ってくることはできないので、しばらく前に置いてきた。それぞれの荷物は商人たちが背負って歩いている。
背負子に木箱を二つも乗せている強者もいるが、疲れてへばったりしている者はない。蛇頭族たちはスタミナや我慢強さが優れているようである。
いつもこんなふうに物を運んでいるのかとオレンジくんに問うてみると、背負って運べないような大きな荷物がある場合は、川に沿って舟で運ぶそうだ。
そりゃそうか。
人力というか蛇力では限界があるだろうし。
「水の流れは、血の流れみたいなものです」
「ん?」
オレンジくんが何か賢そうなことを言った。
「水の流れは、血の流れなんです」
「聞いたよ」
「血が人の中を巡るように、水は人や物を運びます。我々の地には水の流れが絶えることはありませんから、水とともに色々なものが集まるのです」
「へぇー」
「水と共に生きる我々蛇頭族は、その運び手になって暮してきました。水の流れとともに物資を運び、富の濃いところから薄いところへと」
「なるほどな」
キョロキョロと見回すと、澄んだ川には多数の小さな舟がいくらも行き交っていた。
「ところでこの間、豚頭族の街に行ったんだけどさ」
「はい」
「街に入るなり、門番みたいな奴らに囲まれたよ。我がヘテプフェルもそうだ、大きな堀と塀によって守られている。でもお前たちの街には城壁というものがないよな」
「はい。水の流れは人の流れでもあります。周りにいる者の顔をみてください」
そう言われて、蛇頭族の商隊以外の町人たちをみてみる。不思議なことにさまざまな人種が友好的な表情で話をしている。
猿頭を持つ者、豚頭を持つ者。獅子のような頭のものもいる。一つの種族で固まっていたヘテプフェルや豚頭族とはまったく違う。
「水の流れは止まりません、人の流れもそうです。ここにはさまざまな人種が集まり、そして流れていくのです。自他を区別して強固に守る方法ではなく、我々は混ざり合う方向へ進んだのです」
詳しく説明してくれるオレンジくんはなんだか誇らしそうだ。舌先をぺろぺろ出している。
「へぇー」
「今から、龍神さまのもとへいきます」
「龍神さまって、お前たちの神様のことか?」
「はい。我々が信仰する神様です」
「歓迎してくれるかな」
「大丈夫だと思いますよ」
一瞬あの豊穣の女神のことを思い出した。初対面の俺の頭をいちご大福にしてくれた、あの馬鹿野郎だ。
そもそも他の神様ってあの女神しか知らないわけだから、イメージはあの人基準になってしまうわけだが。
「豊穣の。めちゃくちゃ美人なんだけどなぁ、性格が……」
「なにか?」
「いや、なんでもないぞオレンジくん。龍神さまの居場所はまだか?」
「はい。もう到着しました」
「ん?」
たどりついたのは、河原にあった小さな祠。石を積んで作ったようだ。神殿というより、ただの石造りの洞窟だった。
贅を凝らした俺や豊穣の女神の神殿とはまるでちがう。めちゃくちゃ質素なのだ。
蛇頭族たちは、その祠の前にひざまずいて動きを止めた。
「我々はここまでです。祠に入ることはできません」
「そうか、それなら一人でいこう」
蛇頭族の商人たちをその場に残して、一人でその祠の中に入っていった。ほんの小さな空間だが、石でできた壁面はほのかに光を放っていて明るい。中央には、真っ白い袴を着た男があぐらをかいて座っていた。整った顔つきの若い男だが、瞳が赤いのは不思議だ。
「だれかな?」
「俺は太陽神だ」
「珍しいな、他の神が我に会いにくるとは」
龍神はニッと唇の端を少し上げた。
「我は水の神だ」
「龍神と聞いたけど?」
「そう呼ぶ者もいる」
「ふぅん」
龍神は足を組み直して、どこからか徳利を取り出してこちらに突き出した。
「よし太陽の神よ、まず呑もう。何か話があるのだろうが、モノには順序というものがある」
「酒が先かよ!」
「いかんか?」
「うーん、いや。いいけど……」
一瞬、豊穣の女神とお茶会した時のことを思い出した。しかし、俺もいけない口ではない。呑めと言われて断るのは俺の信条ではない。
「よし、呑もう!いや呑ませてください!」
「おお、そうか!」
龍神は楽しそうに笑って、お猪口に酒を注いで差し出した。俺はそれをグッと一息で飲み干した。