第二十五話.地獄の毒
第二十五話.地獄の毒
地獄のサソリを葬ったあと、ちりじりになった商隊が隊列を組み直した。
押し合って逃げた結果、転んで怪我をしたものもいたようだが、それでも深刻な負傷をしたものはいなかったようだ。馬車馬も皆無事だ。
それぞれの荷車の持ち主が、俺の前にひざまづいて頭を垂れた。
「太陽神様!この度は危ないところをありがとうございます」
「いや、まぁ別に。俺がお前たちの街に連れて行けっていうのが発端だしな」
「それもそうか」
そう言って、蛇頭族はすぐに立ち上がりはじめた。
「いや、それもそうかじゃねえよ!もうちょっと気を使えよ!」
「はっ!どうもそのあたりの礼儀に疎く、太陽神様のお気に障ったのであれば、申し訳ありません!」
蛇頭族は、その場に正座してまたふかぶかと頭を下げた。その中にいたオレンジくんが申し訳無さそうに、上目遣いで言った。
「我々蛇頭族は脳みそが40グラムしか入っていないと言われておるのです、それゆえに礼儀など難しいことは……」
「うそつけ!頭でかいだろ!」
「ははーっ!」
そういってオレンジくんはもう一度頭を下げた。
いやいや、頭の悪い商人隊ってどうなんだよ。適材適所はどうなった!ふつうインテリがやるのが商売なんじゃないのか。
「全く、商人なんだろ……」
「へぇ、各地で商売させて貰っています」
へへ、なんて笑いながら二股に分かれた舌先をチロリンと出して見せた。いや、この感じは無礼と言えば無礼だけど、なんだか許せてしまう人懐っこさがある。
「これが営業トーク力か!?」
「はぁ、なにか……?」
「いや、もういいよ。それに砂場に正座は足が熱いだろう、もう立ち上がりなさい」
すくっと立ち上がった彼らには、日光で照らされた熱々の砂に膝をつけたダメージはなさそうだ。平然としているオレンジくんに話しかけた。
「熱くないのか?」
「我々蛇頭族はうろこに覆われていますからね、少々の熱さや乾燥などにはめっぽう強いのです」
「そうなのか」
「はい、頭部も40グラム以外は全部頭蓋骨ですから、衝撃にも強いですよ」
「それは嘘だろ!」
「ははは、本当ですよ。今度頭突きで瓦を割ってみましょうか」
そうふざけながらも、彼らは元の配置に戻って商隊は再び進み始めた。
なんだか蛇頭族ってもっと厳格かと思っていたが、そうでもないようだ。寡黙で強いリザードマン的なイメージが頭にあったが、まるで正反対である。商人ってこれくらいフランクな方がウケるのかな。そんなことを考えながら、俺は馬車の荷台に戻った。
すると、そこでは小さな蛇頭族の少年(?)が透明で粘度の強い液体をガラスの瓶に詰めている作業をしていた。彼は見習い的な存在だろうか。
「おい、お前は何をしているんだ?」
「へっ!?は、はい僕はサソリの毒を集めています。瓶詰めです」
「サソリの毒って、さっきの地獄のサソリの毒か?」
「はい」
「何のために?」
「薬になりますから、売れるのです」
「へぇー」
アロエの汁みたいなねばねばな液体を、頑張ってサソリの身体の破片らしきものから瓶に移し替えている。めちゃくちゃ手に毒がついているのだが、良いのだろうか。
「お、おい。手に毒がついてるぞ」
「あ、え?あっ、見苦しくてすみません」
そう言って、蛇頭族の見習い少年はベトベトになった手を口にくわえて舐めとった。べろべろ。
「えええー!?」
「ウッ!!??」
そう言って、彼はことんと横に倒れ込んだ。
「おい!何やってんだ!大丈夫か」
「すみません、見習いで。ミスっちゃいました……」
「いや、ミスとかそういうレベルの問題じゃないだろ!」
はぁはぁ、と荒い息を吐きながら彼は続ける。
「大丈夫です、地獄のサソリは毒は弱いと……噂で聞いたことがあります。少し痺れるだけです。少し休ませてください」
「聞いたことがあるって……ほんとに大丈夫かよ」
なんだかどんどん青白い顔になっていく。
目の前で服毒死されても困るので、なんとかしてやりたい。
「いでよ、猿髑髏!」
そう唱えて、使い魔を呼び出した。
「お呼びでしょうか」
「うん、お前身体を透過する能力があるよな?」
「はい。透過して心臓を握りつぶしたりできます」
「この少年を見ろ、地獄のサソリの毒に侵されている」
「はい。あの一滴でインド象を殺せるという地獄のサソリの毒ですね」
「……うん。その毒だ」
ピクピクと痙攣し始めている見習いを指指して、猿髑髏に指示を出した。
「身体を透過して、毒を体外に排出してやれ」
「毒を出すのですか?とどめをさすのではなくて?」
「うん」
「我、悪魔ですけど……」
「いいだろ。ちょっと他人の足を引っ張るばっかりじゃなくて、たまには人助けした方が良いぞ」
猿髑髏の空洞の目が明らかに不服そうだ。悪魔っぽいことをしたいらしい。
「はぁ」
「できないのか?」
「できますけど……」
「じゃあやれ」
「はい」
そうやって、猿髑髏に解毒させたのだった。
やっぱり人助けはいいな。