第二十三話.大悪魔猿髑髏
第二十三話.大悪魔猿髑髏
「じゃあまた必要な時に呼び出すから、猿髑髏くん」
「はい、はい。恐縮です。お願いします」
手のひらを、ひらひらと振って青白い火を纏った猿の骸骨を見送った。猿の髑髏でさるこうべ。なかなか良いネーミングセンスではないだろうか。
「どうだ?猿髑髏、この名前は……」
そう呼びかけるが、すでに彼は虚空に消えていた。真っ黒な空間に俺の声だけが響いた。
これはノーマナー!使い魔たるもの話は最後まで聞いてから退散しなければならないだろう。
「いでよ、猿髑髏!」
暗闇の中からふっと青白い火が出現して、先程見送った彼が再び顔を見せた。一瞬困惑したような雰囲気を出していたが、気を取り直したのか低い声で俺の呼びかけに応えた。
「お呼びでしょうか」
「うん。お前の名前を決めてやったぞ、猿髑髏だ。どうだ?」
「はい。なんなりとお呼びください」
うやうやしく頭を下げるが、そういうことじゃない。
「いや、なんなりととかじゃなくて。気に入ったかどうかを聞いているんだ」
「……気に入りました」
「そうか!」
さすが、俺の使い魔にしてやっただけのことはある。センスがいいようだ。
「はい。それで、我を呼び出したのはどういった御用向きで」
「いや、それだけ聞きたかったんだ」
「そうですか……では」
そういうと、猿髑髏は暗闇に溶けて消えた。これもノーマナー!使い魔たるもの他に御用事はありませんか、と聞いてから退散しなければならない。
「いでよ、猿髑髏!」
再び手をかざして、使い魔を呼び出した。
「またですか」(お呼びでしょうか)
そう言って、猿髑髏は青く灯りながら姿を現した。
「おい、心の声と発言が逆だぞ」
「はっ、これは失礼しました」
猿髑髏は、空中に浮いたまま頭を下げた。
「アッ!これはノーマナー!」
指をさして指摘する。
「猿髑髏よ、空中お辞儀をしても主人より頭が下の位置にこないだろう。これはノーマナーだぞ」
「マナー講師みたいなこと言わんでください。それで、我を呼び出したのは一体どういう要件でしょうか」
「いや……なんとなく」
俺の言葉を聞いた猿髑髏の頭が大きく動いた。もし彼が呼吸をしているのなら、大きなため息が出ていたことだろう。実際は呼吸の必要もないし、肺もないので吐息は漏れない。
「太陽神様。卑しくもこの我は高位の悪魔であります。人間の魂と引き換えに願いを叶える、由緒正しい悪魔なのです。そんじょそこらの小悪霊とは比べ物にもなりませぬ」
「うん」
「その我を呼び出すからには、それ相応の役割がなければ。その、困ります。それに召喚にだってかなりの力を消耗するはずです」
「そうなの?」
「以前、大賢者を名乗る人間に呼び出された時は、召喚主は腕を一本失いました」
びっくりだ。この骸骨を呼び出すだけで腕一本!いくらなんでもぼったくりだろう。
「俺は別に何も消耗してるように感じないけど?」
「それは……まぁ。太陽神様の信仰力が並外れたものであるからと思いますが。だからといって、用もないのに無駄に召喚されるのはどうかと思います」
まぁ、もっともな意見だ。用事がないのに呼ぶなということだ。
「そうかあ……用事ねぇ」
うーんと唸りながら右上の方を見る。何か思いつくはずだ。
「あ!ある、用事があるぞ」
「はい」
「お前、今から王の寝室に行って、枕元にずっと立ってろ。起きた時に一番にその骸骨の顔を見せてやれ!」
我ながらナイスアイデアだ。
「……本当に良いのですか?」
「おう、絶対腰を抜かしてびっくりするぞ。やってこい」
「そのために、この大悪魔を一晩中人間の寝室に立たせるのですか?」
「うん。他に何ができるんだ?」
「いや、人間の心臓を握り潰したりできますし、呪いだって……」
「そんな暴力的なことはいらないよ、人を殺したりしたらいかんだろ」
目を丸くして、猿髑髏は驚いた。いや、最初から目は丸い空洞なのだけど。
「はぁ、でも。我は悪魔ですし……」
「いいからいってこい!絶対びっくりするから面白いぞ!」
「はい」
しぶしぶ返事をすると、壁を通り抜けて猿髑髏はどこかに消えていった。そうして猿髑髏を王の寝室に送り出すと、俺は再び眠りについた。翌日の朝、王部屋から大きな叫び声が聞こえたのは言うまでもない。