第二十二話.闇の契約
第二十二話.闇の契約
その夜。
月もない暗闇。空気の冷たい夜だった。
「……い……か……」
俺は、何か声が聞こえたような気がして目が覚めた。もちろん誰もいない。真っ暗な自室には当然人の気配はない。
気のせいかと、目を閉じる。
「……欲しいか」
やはり何か聞こえる。
再び目を開けて、立ち上がった。
「力が……欲しいか……」
ぼうっと、壁面の一部が青白く浮かび上がった。確かあそこには、オレンジくんから買った猿の手を立てかけて置いた場所だ。
「誰かいるのか?」
そう呼びかける。
「力が欲しいか」
再び、声が聞こえた。今度ははっきり。そう思った瞬間、青白い炎のようなものが膨れ上がって人のような形をとった。
人、いや少し小さい。猿だろうか?
二足歩行の猿のような形をした者が、青い火をまとって立ち上がった。異様なのはその頭部だ。顔面が髑髏になっている。
カタカタと口を開けて、もう一度言った。
「力が欲しいか……」
そうして、ゆっくりと俺に近づいてくる。目の前まで来たときに、俺は言った。
「うるせえ、今何時だと思ってやがる。よくも俺の眠りを妨げてくれたな」
「矮小な人間よ……望めば我が力を与えよう。さあ、我に望め。深淵の力を望むのだ」
ぼんやりと浮かび上がる猿骸骨は続ける。
「魂と引き換えだ。契約……せよ」
契約?なんだこいつ。どうでもいいけど夜中に起こされてこっちは腹が立ってるんだ。
「うるせえよ!」
ゴンっと思いっきり頭を小突いてやった。
猿骸骨は、ゆらりと青白い炎を揺らして、空洞の目をこちらに向けた。
「愚かな人間よ……深淵の力を受けるが良い」
「ウっ!」
そう言うと、猿骸骨は俺の胸にその手を突き出した。なんの抵抗もなく、すり抜けるように俺の胸中に骨張った手が入った。そして、俺の心臓を握りつぶそうと力を込めたのだ。
「……」
「……」
潰そうと力を込めるが、俺の心臓は潰れなかった。骸骨の空虚な目が少し焦っているように見える。
「フゥ……ハァァ!」
「……」
猿骸骨が気合いを込めるが、俺の心臓は潰れない。
「ハアアアッー!ハアアア!!」
「……」
しばらくそうした後、無言で猿骸骨は手を引っ込めた。黙ってその顔を見つめる。
「貴様は一体……」
「俺は太陽神だけど」
……
ランプに照らされた室内で、玉座に座る俺の前で猿骸骨が土下座している。
「申し訳ございません。太陽神様であられるとは思いもせず……」
「お前なぁ、いつもあんな骸骨みたいな顔で契約を迫っているのか?パワハラだぞ」
「はぁ、すみません。生まれつきこんな顔なもので……」
「生まれつきかもしれないけどな、普通の人はあんな青い火を骸骨が出してきたらビックリするだろ?」
「はい……」
もう一度、猿骸骨は深々と頭を下げた。
「それで?契約ってなんなんだ」
「はい。私は人間の魂と引き換えに、力を貸してやるという商売をしております……」
「うん。お前の力ってどんなのだ」
「はい。私は身体を透過させる能力があるので、人間の心臓を握りつぶしたりできます。壁を通り抜けたりもします」
「それだけ?」
「はい……」
「まぁいいや、それじゃもう消えろよ」
はぁ、と一つため息をついて言った。すぐに消えるかと思いきや、猿骸骨はモジモジしながら何か言いたげだ。なんだと問うと、申し訳なさそうに口を開く。
「そ、それが」
「何?」
「いや、出てきた限りは契約が完了されるか、呼び出した者が死ぬまで消えないのです……」
契約するか、呼び出したものの死か。俺が呼び出したことになっているんだよな。と言うことは。
「ん?じゃあ俺が死ぬまでお前は消えないの?」
「はい」
「俺は不死だけど?」
「……はい」
彼は小さな声で返事をした。
「うーん」
「すごく言いにくいのですが、どうか契約して貰えないでしょうか。対価は魂じゃなくていいので。願いを叶えれば、消えられますから」
願いねえ。願いか。パッと一つ思いついた。
「良いよ。じゃあ契約しよう。対価は銅貨一枚でどうだ」
「はい。十分です、では願いを」
「よし猿骸骨。なら俺の願いを叶えろ、対価は銅貨一枚。俺の願いは……」
ニッと笑って言ってやった。
「この世界で一番信仰心を集める神になることだ。手伝えよ猿骸骨!」
骸骨は顎が外れるくらい、ぽかんと大きな口を開けた。静かに口を閉じると、契約完了を告げる。
「契約、完了……汝がこの世界の一の神となるまで、我が力を与えよう」
そうして、俺は猿骸骨の飼い主となったのだった。