第二十話.水の国の蛇頭族
第二十話.水の国の蛇頭族
「レイ様!レイ様!」
「なんだなんだ。ふぁ眠い……ちょっと待ってろ」
大きな声が神殿の中に響き渡った。
鳥の羽毛が入った白い枕をその辺に投げてから、起き上がった。両手を天に掲げて背筋を伸ばす。昨日は祭りで夜更かししたので、昼前の今の今まで眠っていたのだ。
大きな石でできた扉の前で何者かが騒いでいる。閉ざされた扉の向こう側に声をかける。
「今忙しい。大事な儀式の最中なんだ。もう少し待てよ」
「はい」
鏡の前で自分の顔をチェックする。
植物の繊維でできた歯ブラシで歯を磨いた。今日も白い歯だ、虫歯の一本もない。寝癖のついた髪を、人差し指と中指で挟んで擦った。
ほんの少し力を込めて、指をアイロンがわりにしたので上手く寝癖も消えてくれた。
「ヨシヨシ、今日も男前だな」
一人でそう呟くと、金色のネックレスと赤いマントを羽織って立ち上がった。さあ今日の仕事といくか。神殿の扉を開けると、神官らが揃って跪いていた。その中の一人が代表して、片膝になってから口を開いた。
「レイ様!お伝えしたい事がございます!」
「うん。面倒なことか?」
開口一番、そう問い返すと神官らはうっと口をモゴモゴさせて言いづらそうにしている。俺は庶民に優しい良い神様を標榜しているから、言い方を変えることにした。
「良いぞ。なんでも言え」
「はい!先日、奇跡をお与えいただいた田畑の事でございます」
「うん」
そういえばヘテプフェルの外壁の周りに、森かと見間違うばかりの大農園を作らせたんだった。あの豊穣の女神様に。
「トマトにバナナ、小麦畑に。最高だろ?」
「はっ、はい!いや、その」
「うん?」
「あの、民らがですね。あの作物は誰が管理するのかと言ってきております」
「管理?」
「はい。上手く管理すれば翌年も収穫できるでしょう。あの広大な農地を誰が世話するのかと」
農地の管理ねえ。維持するつもりだったけど面倒になってきたんだよな。土いじりは別に趣味じゃないし。
「うーん……全部収穫したら、山ごと燃やしてさ。来年また豊穣の女神様に生やして貰うのはどうだ?」
「えっ!?燃やし……焼くんですか?」
「やっぱりまずいか」
「そ、そうですね。ヘテプフェルの民は勤勉で働きものです。そんな奪って破壊するような生き方をせずとも、我々だけでなんとかできることもありましょう」
「ふぅーん。じゃあお前らに任せる。あの森、そうだな豊穣の森は神官の管轄だな。困ったことがあったらまた言ってこい」
「はい」
じゃあもう良いな?と言って、扉を閉めようとすると、一人の若い神官が挙手してそれを制した。
「お待ちください。もう一つお耳に入れたいことが」
お耳にねえ。眠いから昼寝しようと思ったんだけどな。さすがに嫌な顔をするのも悪いから、聞いてやるか。
「話せ」
「はい、レイ様に面会したいという者共がいます」
「面会?何者だ?」
「ヘテプフェルの民ではありません。蛇頭族の者どもです。邪教徒ですが、行商を営んでおるためにヘテプフェルとは古い付き合いがあります」
「ふーん。まぁ良いや。通せ」
「お会いになるのですか」
「うん。いいよ、連れてこい」
「はい」
若い神官は意外そうな顔をして、そう返事をした。しばらくすると五人の蛇人間たちが、先の神官に連れられて、玉座に座る俺の前に姿を表した。
蛇というか、トカゲ?リザードマン的な感じのやつもいる。蛇っぽいのも。いろんな種族が混血しているのだろうか。
「我々は、水の国からやってきた。行商人の代表であります」
彼らは深々と頭を下げて、礼をする。豚頭族の田舎っぽいのとは逆に、なんだか礼儀正しい。
「それで、俺になんのようだ」
ぶっきらぼうにそう尋ねると、蛇人間は汗をかいたまま下を向いて固まってしまった。ちょっと言い方が怖かったかな。
「なにか、用があるんじゃあないのか?言ってみろ」
「はい。このヘテプフェルに突然現れた作物の取れる森のせいで我々の積み荷が売れず、大損害なのです。どうか、なんとかして頂きたい」
「はぁ?」
「たとえばこれくらいに熟れたトマト。先週は一つ銅銭一枚で取引されていたのだが、今日はその半値でも売れはしない。何事かと思ってみれば、塀の外に山のようになっていて、皆がそれを思い思いにちぎって持って帰っている」
「うん」
「我々は仕事は、ある場所から無い場所へ。車に引いて運ぶことです。このように奇跡を安売りされれば、我々の商売は干上がり、やっていけなくなります」
「ふーん」
「あるところから無いところに、濃いところから薄いところに。高いところから低いところへ。水の流れと同じように、人も品物も流れが無ければ淀み、腐ります」
良かれと思ってやったのだが、困る人間もいるってことか。でもヘテプフェルの民のためだしなぁ。
「あい。まぁお前らのいうことはわかった。そも、あの近郊にできた森の管理は神官どもに任せたところだ。タダで食い放題のようなことにはならんようになる」
「おお、そうでしたか」
険しい顔をしていた蛇人間どもの表情が少し緩んだ気がした。いや、眉毛もないから、そもそも表情なんて把握しにくいんだが。
「あと、行商人だと言ったな。なんだか面白そうだ。積荷を見せてみろよ。良いものがあったら俺が買ってやろう」
そう言って、ウロコまみれの肩を叩いてやった。




