第十九話.豊穣の女神様とガーデニングするぞ!
第十九話.豊穣の女神様とガーデニングするぞ!
「そらとみずとだいちよ!」
ヘテプフェル近郊の乾いてひび割れた大地がゴゴゴゴっと地響きを立てると、どこからともなく緑色のツタのようなものがのびてきて、小さな森を形作っていく。そうして十分に育った後、ほうぼうに赤い実をいくつもつけた。
「はぁ、これで。これでいいかしらぁ」
豊穣の女神が、低血圧な話し方でそう言った。彼女はいつもの緑色のドレスに、今日は大きな薔薇の髪飾りをつけている。遠出をするのでちょっとおしゃれをしているのだろうか。
「おおっ!さすが豊穣の!見事なツタだなぁ。こんな砂漠のような荒地に、こんなに立派なトマトができるなんて」
「トマトはツタじゃないけどねぇ」
「見た感じツタだろ」
「……まぁ、なんでもいいわぁ。これで約束は果たしたわよ」
そう言って、じゃあお役御免ねなんて早々と立ち去ろうとする豊穣の女神を呼び止めた。
「まて」
「何よぉ、まだあるの?この土地はあの猫女の瘴気が濃くて、息苦しいったらないんだけどぉ」
「まだあるぞ。次は小麦を作れ」
「……ちゃんと世話するんでしょうねぇ」
「する。世話するから早く生やせ」
当然トマトの木も、小麦も世話をするし、収穫もする。ただそれをするのはヘテプフェルの民で俺ではないだけだ。
「そらとみずとだいちよ……!」
ばっと一面が黄金色の小麦畑に変貌する。季節感も何もあったものではないが、ただこれを収穫するだけでもかなりの量の食料になりそうだ。
「ふぅ。じゃあ、これでいいわね」
額にかいた汗を拭いながら、豊穣の女神はそう言った。だが俺の答えはノーだ。
「だめだ。次はリンゴを作ろう」
「はぁ?正気なのぉ、リンゴなんて絶対無理でしょ。こんなあっつい死の大地みたいな砂漠で……」
「ああ……この間取れた首が痛くなってきたな。誰に首を捩じ切られたんだっけな?」
そう言いながら、豊穣の女神の目をジッと見る。
「なんだかその時に作物を作るのに協力するって……」
「わかったわよぉ。やります、やれば良いんでしょ」
ぶつぶつと文句を言いながら、豊穣の女神が杖をかざした。
「そらとみずとだいちよ!」
女神の奇跡の力によって、赤い大地は緑に染まり、リンゴの木が無数に生えて出た。いつ見てもすごい。適当にリンゴとか言ってみたが、リンゴの木って寒いところに生えてるイメージだよな。まさに奇跡だ。
「はぁ、はぁ。もう良いわよね」
「だめだ」
「えっ」
ずいぶんくたびれているようだが、もう少し働いてもらおう。バナナはなんだか栄養価が高いって聞いた事があるから、それも作らせるのだ。
「次はバナナだ。あの丘のあたりにバナナの山を作ろう」
「ばっ……ばかじゃ。ばかじゃないって言うか、馬鹿なのねぇあなた」
「馬鹿で結構。バナナが食べたいぞ。バナナの木を生やしてくれ」
「あーもう!わかったわよぉ」
連続で奇跡を起こすのは疲労するのか、涙目になりながらも、豊穣の女神はそれ以降も俺の要求に応えていった。
なんということか、たった1日でヘテプフェルの周りは赤い砂漠のような大地から、緑あふれる楽園へと姿を変えたのだった。若干季節感やご当地感がめちゃくちゃだが、まぁ良いだろう。日の照り加減なんかは俺の力で調節できるしな。
「はぁ……っ!はぁ……っ!」
さんざんこき使われた豊穣の女神が、杖に体重を預けてぐったりしている。俺は笑顔で、その働きを労ってやった。
「お疲れ様!今日はありがとうね!」
「……帰る」
「今からか?今からだと結構遅くなるからヘテプフェルに泊まっていきなよ。宴の準備もしてやるからさ」
「……帰る!帰る、帰る帰るー!」
「そう?残念だなぁ。また今度も協力してくれよ」
「もう来るか!さんっざん、こき使ってくれちゃって。当たり屋かと思ったわよ!馬鹿猫の関係者には絶対もう近づかな……」
彼女がそう言いかけた時に、いつものテレパシーが聞こえてきた。
(お、久しぶりだにゃーん?豊穣の姉ちゃん)
ぴしり。
そんな音が聞こえたようだった、豊穣の女神の顔が石膏のように固まった。冷や汗をかいている。
「あ、あらぁ。太陽神じゃない、久しぶりねぇ。眷属を置いて自分は別世界に旅行中かしらぁ」
(うーん。なんで豊穣の姉ちゃんがヘテプフェルにいるのかにゃあ?あと馬鹿猫って何かにゃ?)
「……」
(こっちまで聞こえてきたけどにゃあ)
聞き終わるが早いか、豊穣の女神はばっと全力で走って逃げた。アッというまもなく地平線の彼方へ消えていく。
「いっちゃった。ビールでも奢ろうと思ったんだけどな」
(いつもながら、なんだかわけわかんない女だにゃあ)
そうして日の暮れゆく地平線の彼方を見送ってやるのだった。なんだかわからんが、とりあえずいっぱい作物は作れた。あとはこれを維持する方法を考えるだけだ。