第十八話.こないだ俺がオゲレツになった話する?
第十八話.こないだ俺がオゲレツになった話する?
みしり。
ゆっくり、そう。スローモーションで、整った顔つきの豊穣の女神の顔面が歪んでいった。芯を捉えた鉄拳が頭蓋骨を連れ去る、遅れて皮膚が、さらに遅れて脳みそ玉がそれについていく。
「ぎえぇぇーっ!」
女神様の絶叫。
身体ごと吹き飛ばしたかと思ったが、そうもいかず、その場で縦に回転した。足と頭を天地に五回転ほど回って、最後は頭を盛大に地面に激突させた。
どぉん!
綺麗に整地されていた地面が、土煙を上げてめくれあがった。しばらく突っ立っていると土煙がはれて、頭の上に星を回して気を失っている豊穣の女神が現れた。見事にわかりやすく気絶している。
……
「うむむむ……むにゃむにゃ」
しばらくその場で眠っていた豊穣の女神が目を覚ました。隣には俺がうんこ座りで待機している。
「ひゃっ!」
その俺の姿を見て、小さく声を上げる。
無理もない。俺は全身を黄金の鎧に身を固めたうえに、怒りの形相の般若の面をかぶっている。背中には大きな日の丸の入った扇子をつけた。あまりの威圧感にびっくりしたのだろう。
「豊穣の女神さんよ、よくも俺をコケにしてくれたのぉ、んん?」
「な、な、なにしてるのよぉ。その格好……」
「ああん?」
「……」
よしよし、ビビってるな。とにかく交渉事は舐められないのが肝心だ。
「どないしてくれんねん?」
「どないって、なにかあなたおかしくなぁい?んー……」
女神様は口をモゴモゴさせた後、ペッと何かを吐き出した。白い歯である。どうやら奥歯が折れたらしい。
「ほらぁ、奥歯折れちゃってるじゃなぁい。あらあら、痛み分けね。もうやめましょうよ、暴力はよくないわ」
「歯が折れたって、お前は俺の首をねじ切ってくれたじゃねえか!」
「そうだったかしらぁ」
「そうだよ!」
女神は汗をかきながら明後日の方向へ目線を逸らした。ウーン、なんて言って誤魔化そうとしている。
「……」
「……」
しばらくの沈黙。先に動いたのは豊穣の女神の方だ。彼女はスッと立ち上がったと同時に、いつの間にか握っていた木の杖を振りかざした。
「そらと……」
ボッ!
言い終わる前に、目から青白いビームを放って、その杖を消し炭に変えた。こいつには散々煮湯を飲まされたからな、一瞬の隙も見逃さない。
「はぁ、わかった。降参。降参するわよ」
そう言って女神は、どかりと地面に座り直した。ほっぺたが赤く腫れていて、少し可哀想ではある。
「それで、あなたは何が望みなのぉ。わたしを滅するのが目的ってわけじゃないんでしょう?」
「そうだな、俺の目的は」
そう言って、一つ貯める。
「俺の目的はお前の身体だ!」
「やっぱりね」
軽蔑した目でこちらを見る。
「はぁ。元人間が神の代わりなんて大層なことを言うのだから、ちょっとはマシなのかと思ったんだけど。やっぱりあの馬鹿猫女の眷属は下品で困るわぁ」
あーあ。とぼやきながら女神はペッっと血の混じった唾を吐き出した。こいつマナー悪いぞ。
「はいはい、お下劣丸さん。どうぞ」
「誰がお下劣丸だよ、冗談じゃねえよ!身体が目的って言っても、この間話した通りだよ。ヘテプフェルに作物を実らせるのに協力して欲しいんだ」
「それだけ?」
「うん」
下を向いて少し考えた後、豊穣の女神は言った。
「わかったわよ、手伝ってあげる」