第十五話.奴隷はノー!ノーと言える男!
第十五話.奴隷はノー!ノーと言える男!
ウーン。
うなりながらテーブルの上の果物を頬張る。さくらんぼみたいな赤い果実は、口に入れるなり甘酸っぱい匂いを口中に広げてみせた。
これは美味い。
「やっぱり奴隷っていうのは良くないっていうか……本末転倒っていうか。せっかくなんですけど他の物でなんとかなりませんか」
「あら、意気地がないのねぇ。ちょっと怖い言葉が出てきただけで尻込みしちゃうの?」
ぱっくり開いた緑のドレスの胸元が気になる。きらきらひかるドレスのその中身が。
「いやでも奴隷ってダメでしょ。民あっての神様なんだから」
「どうしてもダメ?」
「はい」
豊穣の女神はジッと俺の目を見つめる。しばらくすると、「ふぅん」と甘いため息をついて目を逸らした。部屋の外を見れば、夕陽が地平線きわに落ちてきている。今日の太陽も仕事終わりのようである。
「はぁ、じゃあいいわぁ。あの連れてきた豚ちゃん達だけ置いて帰ってちょうだい」
手のひらをひらひらさせて、彼女は興味無さそうにそう言った。豚ちゃん達とは、あの三馬鹿兄弟のことか。
「あの三馬鹿豚兄弟は俺が拾ったんですよ。改宗したんだから連れて帰りますよ。太陽の神の信徒ですから」
ぴくり、と女神が反応した。
「それ、本気で言ってるのぉ」
「当然本気ですよ」
「はぁ、ものを知らないようだから教えてあげる。そういうのを泥棒猫って言うのよ。他神の信者をネコババして、それを本人に言ってのけるって……」
女神は肩をすくめて、信じられないというジェスチャーをして見せた。
「考えられない、馬鹿じゃないのぉ。もういいから、あの豚ちゃん達は諦めて置いて帰りなさい」
「いやです」
即答する。せっかく手に入った三名の信者を見捨てられるか。
「いやだって、あなたそれ以上言えば喧嘩になるわよぉ。優しく言ってる間に、消えなさいよ」
「いやです」
再び即答。
「……」
「…………」
そして長い沈黙、女神の右目がちょっとピクって動いている。どうやら怒っているらしい。知ったことか、いやなものはいや、良いものは良いというのが俺の信条だ。
「馬鹿猫の眷属の分際で!もう良いわ!引導を渡してあげる!」
沈黙を破ったのは豊穣の女神の方だった。
彼女は急にばっと立ち上がり、手のひらを上に向けて唱えた。
「そらとみずとだいちよ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の口の中から何かが飛び出した。ぞぶぞぶ、というなにやら恐ろしい音が耳のすぐ横で鳴っている。
「おごご!?」
声も出ない!何が起こったか分からないうちに、何かに背中から引っ張られて壁に叩きつけられた。ぞぶぞぶ、ぞぶぞぶ。
アッと声を出すまもなく、一瞬で視界が反転する。二回三回と目を回してやっと止まった。目の前に見知った身体が出てきた。そうして初めて自分がどんな仕打ちを受けたのか気がついた。
俺の腹の中から飛び出たイバラのような植物が、口から腹から飛び出して首を捩じ切ったのだ。そう。目の前には俺の身体があり、ただいま絶賛俺は生首状態なのである。
死んじゃうよ!
「……ごぷ」
声にならない声をあげる。不思議なことに痛みなんかは全然感じない。が、ただ身動きは取れそうにない。
「はぁ、殺しても死なないでしょう?でも良いわ、このまま閉じ込めてあげるから。わざわざ他神の神殿までノコノコやってきて、しかも太陽も沈んでるのに喧嘩を売るなんてお馬鹿さんねぇ」
誰か、誰か来なさい。と豊穣の女神が声をかけると、ドタドタと鉄の鎧を身にまとった豚頭族の男たちが駆けつけてきた。
「お前たち、こいつを光の入らない洞窟に閉じ込めてしまって。あと、一緒にいた豚頭族の三人兄弟がいるから探し出して私の前に連れてきなさい」
「はい」
豚達は頭を抱える係と身体を運ぶ係に分かれて、手際良く俺のからだを持ち上げた。
「ああ、頭の中が空っぽでしょうから、脳みその代わりにイチゴを詰めておいてあげるわ。それじゃあね」
そう言い残して、豊穣の女神は目の前から去っていったのだった。同時に鼻の奥から苺の良い匂いが香ってくるのには腹がたった。
あと、三馬鹿は大丈夫だろうか。
前途多難だ。
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