第十四話.女神様の奴隷!
第十四話.女神様の奴隷!
豊穣の女神は、俺にまとわりつくように匂いを嗅ぐ。クンクンと鼻をならすたびに、どうしても背筋が伸びてしまう。
「変ねぇ、この匂いどこかで……」
ピンときたのか、そのなごやかな表情に緊張が走った。指先で、俺の胸元を押し放しながら言った。
「あなた、まさか太陽神?」
「えっ、はい」
俺が素性を明かすと、豊穣の女神は、「はぁー」と誰にも聞こえるような大きなため息をついた。
「あぁ……あの猫女の眷属ね。頭が痛くなってきたわぁ」
「眷属って、俺は今、交代で神様をさせて頂いているんですけど」
「そういうのを眷属って呼ぶのよ」
「はぁ」
女神は自らの深い緑がかった黒髪を、さらっと指で払ってから言った。
「それでなんの御用なのぉ。まさか宣戦布告するために来たわけじゃないでしょう」
「はい。手荒なことは無しにして。今日は豊穣の女神様にお話を聞いてもらおうと思ってきました」
「んーお話かぁ。そうねぇ顔は結構好みなんだけど、あいつの眷属じゃあねぇ」
顔は好みだというのは光栄だが、元神様の悪行が足を引っ張ってるようだ。
「そこをなんとか。ほらちょっと日差しがキツくなってきたから、中で話しましょうよ。日陰の涼しいところで。ねっ」
頑張って拝み倒してみる。すると豊穣の女神も「そうねえ」などと話にノッてきた。チャンスは今だ!
「おい、お前ら」
ぼけっと立ってる豚三兄弟に、パッと袋に入った金貨をほうり投げて渡した。
「俺は今からこの綺麗な女神様とデートだからさ、お前らは小遣いをやるからしばらくどこかで遊んでろ」
「デートって響き、久しぶりで良いわねぇ。豚ちゃんも可愛いんだけど食傷気味なのよぉ」
「それじゃ、行きましょう女神様。あなたの神殿はどこですか?」
「あら、いきなり私の神殿に行くのぉ。せっかちね、でも良いわ」
女神はそういうと、急に俺の腕に腕を絡ませてきた。上目遣いにこちらを見る。ダメだこいつ、自分が美人なのを知っててからかってる顔だ。柔らかな感触を感じつつ、努めて平静を装って神殿に向かって歩き出した。
……
神殿で、木製のテーブルを囲んで紅茶をすする。柑橘系の果物を入れた紅茶は、さわやかな香りを運んできた。さらに茶請けには、まったりとした果物が山にもられている。さすが豊穣の女神の土地、みずみずしい作物がたんと取れるらしい。
いくらか落ち着いたところで、俺は本題を切り出した。
「それで、女神様。どうかヘテプフェルに作物を実らせるのにご協力願えませんか」
「うーん、わたしがぁ?あの猫女の土地まで行って奇跡を授けるのぉ」
「はい。どうかお願いできないでしょうか」
「まぁ。普段ならお断りなんだけど、あなたに免じて、対価によっては考えてあげる」
「対価ですか」
そうか、対価か。何も渡さずに恩恵を受けようなどというのは虫が良過ぎるか。
「そおよぉ、無料でなんでもできるわけじゃないわよね」
「そりゃそうか。いかほどお支払いしたら良いのですか?
「そうねえ、人間を五百ってところかしら」
人間?こいつ悪魔なのか?
「人間?」
「ええ、イキの良い若いやつがいいわ。それを五百人くれたら協力してあげる」
「この悪魔、まさか人を喰うのか?」
「……ちょっと心の声が聞こえてるわよぉ」
「アッ失礼しました」
「食べるわけないでしょう。違う意味では食べるかもしれないけどぉ、奴隷にするのよ」
奴隷!また日常的に使わない言葉が出てきた。この世界では普通なのか。
「ど、奴隷」
「ええ」
奴隷かぁ、どうしよう。ヘテプフェルの民を豊かにするために民を奴隷に差し出すのか。本末転倒じゃないだろうか。