第十三話.豊穣の女神
第十三話.豊穣の女神
数日間の旅のあと、豚頭族の都市が見えた。
城壁すらも深い緑に覆われた、自然豊かな国である。しかし人工物にツタやら何やらが絡まっているのはどうも変な感じがする。打ち捨てられた廃墟のような雰囲気というか、ちょっとしたSFのような雰囲気というか。
その時、豚兄弟の二人の弟が怯えたような声で俺を呼んだ。
「神様、神様」
「んー?」
「と、到着したけど。街の中に入るんですか?俺たちきっと検問で止められますよ」
「そうか?変装してるから大丈夫じゃないか?」
俺と弟たちの会話を聞いていた豚太郎が満を辞して口を開いた。ずれかけた鼻眼鏡の位置を正しながら言った。
「そうだな!こんな完璧な変装をしているんだから、バレるはずがない。ヒゲだってついてる」
「にいちゃんはヒゲついてるけど、俺らヒゲがないよ!?」
「うーんそうだな、待ってろ」
何事か思いついた豚太郎は、ラクダの背の荷物の中から炭を取り出した。その炭を弟たちの眉に塗った。
「なに!?にいちゃんこれ何?」
「炭で眉毛を塗ってやった。これで完璧な変装になったぞ」
「うわあ!さすがにいちゃん!ありがとう!」
ごんぶと眉毛を書かれたメガネの弟豚二人と、鼻眼鏡をかけた兄豚一人。そして黄金のアクセを身に纏った男が一人。彼ら四人は堂々と、豚頭族の検問に向けてまっすぐに歩き出したのだった。
……
「お前ら!止まれ!止まれ!怪しいやつ」
俺たちは変装の甲斐も虚しく、憲兵にばっちりマークされて検問で止められた。
「何がだ、俺たちは何も怪しくないぞ」
「そんなギラギラのアクセサリつけてる奴が怪しくないわけあるか!」
「そこの豚頭族の男らも、なんだその格好は。怪しすぎるだろう」
槍を持った憲兵が次から次へと集まってきて、あっという間に十人からの豚頭族の兵隊に囲まれてしまったのだった。
「いや俺は豊穣の神とやらに会いにきただけで……」
「神様ぁ!?」
正直に話しているだけなのに、怪しいと言われても困る。そうこうしているうちに、豚次と豚三の顔の炭を布でぬぐわれて、メガネを取り上げられた。
「おい、こいつら……!脱走兵だぞ!脱走兵だ!!」
にわかに憲兵たちが騒ぎ出す。弟二人を捕まえて大声で叫んでいる。
「この豚頭族の男も怪しいな……いや。ヒゲが生えておるから人違いだろう」
豚太郎はスルーされた。鼻眼鏡って結構すごい変装力があるんだな。そんな事を言ってる場合じゃない、弟豚たちがピンチである。
「おい、やめろ。そいつらに手を出すなよ」
「手を出すなだと?何様だ貴様は!」
「俺は神様だよ」
ゆらりと空気が歪んだかと思うと、憲兵たちの持っている槍が突然自然発火した。さすがに訓練された豚たちでも持っていられなくて地面に取り落とした。
「うおお!?突然槍が燃えたぞ!」
「あ、悪魔だ……!」
いや、神様だって。言い訳するのも面倒なので、豚兄弟たちを後ろに下がらせて、俺は前に出た。武器を失って素手になってしまった憲兵らは取り囲むようにしているが、さっきまでの勢いはない。
「クソ、悪魔の襲撃とは。都市を守るためには一斉に飛びかかるしかないぞ」
「やめとけって、全員死ぬぞ。俺は豊穣の神に会いたいだけだ。争うつもりはない」
「応援を呼べ!容疑者は神に会いたいなどと意味不明な供述をしている」
このやろう馬鹿扱いしやがって。どうしてくれようか、応援でもなんでも呼べばいい。
そうこうしていると、見物の豚どもがぱかりと割れて、向こう側から長身の女が歩いて来た。
「神気を感じて来てみれば……他神の聖域に踏み込むなんて、どこのお馬鹿さんよぉ」
緑色のドレスに、花をモチーフにした髪飾り。綺麗系のお姉さんがそこにいた。こいつは豊穣の女神に違いない。どこが豊穣なのかは別として、一目でわかった。こんな綺麗なお姉さんが豚頭族のボスだとは、まったく豚に真珠だな。
「お前は豊穣の神か」
「そうよお。私こそがこの地を統べる豊穣の女神なの」
気だるそうな声と、はだけた胸元。このフェロモンはやばい。
「あなたはだあれ。間抜けな悪魔が潜り込んじゃったのかしら?」
「悪魔じゃねえよ!神だよ!」
反論する俺の言葉を聞いているようには見えなかったが、ふらふらと女神はこっちに近づいてきた。近くまで歩み寄って来たかと思うと、首の辺りの匂いを嗅がれた。こそばゆいというか、妙な気分だ。女神の長い髪からは花のような良い香りが漂ってくる。
クンクン。
「んー?あなたどこかで……会ったかしらぁ」
「いえ、初対面です」
緊張してなぜか敬語になっていた。