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第一話.ウソの経歴と本当の神様

第一話.ウソの経歴と本当の神様



俺は令和太郎、二十八歳新婚、大手玩具会社のサラリーマンだ。

ああ全部嘘だよ。本名はそんな名前じゃあないし、本当は三十二歳だ。結婚はしていないし仕事も自由仕事(フリーター)さ。


俺も一時は人並みに就職してみたものの、毎日毎日朝から晩まで働く事についていけず一年もたたないうちに辞めてしまった。今は週に三、四回飲食業のアルバイトをして、なんとなく毎日を過ごしている。

なんで嘘の経歴がスラスラ出てくるのかというと、俺の唯一の趣味のせいだ。毎週週末になると場末の呑み屋で、誰彼構わず声をかけるんだが、その時に毎回違う名前と職業を名乗っているんだ。


初めはそんなつもりは無かったが、偽の名前と肩書きで話をしているとドンドン話が弾んで思いがけず楽しかった。

それで弁護士先生やら、ベンチャーの社長、大工や船乗りなんて名乗ってたこともある。新興宗教の教祖だって言った時は大ウケだったな。


嘘がバレたらどうするんだって?


ハン。どうせ二度と出会わないし、酒の場でそんな無粋なことをする人間は一人もいなかった。

そんな時、そうだ。あの女に出逢った。

今思えば出逢った時から、なんだか変だった。良い匂いがするし、その顔から視線が逸らせなかったんだ。



……



「ねえ、あなた。仕事は何やってるの?」


はじめての呑み屋のカウンターで適当にやっていると、いつの間にか隣に座っていた女に声をかけられた。同年代くらいだろうか、ちょっと落ち着いてきたお姉さんって感じだ。

落ち着いてきたのか、くたびれてきたのかは知らないケドな。


「うん?ああ、俺はこんな商売しているんだ」


俺は名刺を差し出した。令和太郎、探偵事務所ってな。彼女はグッとグラスを傾けながら、俺の名刺を眺める。


「へぇ、探偵。面白そうなお仕事ね」

「面白いばっかりじゃないけど、退屈はしないね」

「そうなんだ」


そういうと女は、俺が差し出した名刺をつまんでひらひらと動かした。薄っぺらい紙が薄っぺらい嘘と一緒に空を泳いだ。


「おいおい、他人の名刺をそういうふうにするのはどうなんだ?」

「あら。価値があるのはあなた自身であって、肩書(こんなもの)じゃないでしょ」

「初対面なのに俺が価値のある男だって思うのか?ずいぶんだな」

「うーん。まぁ価値はないけど面白い男ではあるかな。そう見えるにゃぁ」


女の語尾がおかしくなって来た。顔も赤いし、ずいぶんとお酔い遊ばせているようである。


「はっきり言うね」

「へへへ。裏表がないのが取り柄なのだ」


そう言って、俺の顔の近くに頭を突き出してきた。さらさらの髪の毛から、ふわりと良い匂いがする。


「なぁ。お姉さん、いつもこんなコトしてるのか?こんなところで、こんなふうに男に声かけていると、いつか怖い目にあうかもよ」

「怖い目ぇ?怖い目ってどんな目よ」

「そりゃどっかに連れらされるとか」

「お、イイねぇ。誰か私を連れ去ってくれないかにゃあ」


馬鹿なのか?整った顔立ちなのに勿体ない。彼女から目を逸らすと、目の前の水割りに手を伸ばした。

すると、女が覗き込むようにこちらを見る。吸い込まれそうな赤い瞳だ。不思議な、今までにみたこともないような瞳。


「ねぇ、あなた。私と入れ替わらない?」

「はぁ?」

役割(おしごと)を入れ替わりましょうよ。もう今の職場、疲れちゃって。探偵なんて面白そうだし」

「今の職場って、あんた何やってるんだ?」

「私はねぇ、神様をやってるのよ」

「神様ぁ?良いじゃん」


真面目に聞いた俺が馬鹿だった。なんだかお疲れのようだったから、話を聞いてやろうと思ったのに。


「それがねぇ、神様もやってみると大変なのよぉ。だから代わってよ!」

「はははっ良いね。入れ替わろう。俺も今の生活には……」

「よし。じゃあ決まりだ!」


俺が何か言い終わる前に女がそう言って話を打ち切った。なんだこいつ自分から話をふって来たのに、そう思っていると、なんだか瞼が重くなってきた。そんなに呑んだ覚えはないが……。

あっという間に視界が真っ黒になった。暗闇の中に女の声がした。


「じゃあ、向こうで頑張ってネ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろいじゃないですか。 設定もいいしセリフまわしもいい。 これは期待。
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